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到達不能極からの發信

到達不能極から、嶋佐がお傳へします。
日日、健康に、樂しく、そして幸せになる爲に。
舊大阪テレビタレントビユーロー(ttb)のタレントさんを
應援してゐます。

ガソリンを入れる。

 

いつも定額で入れるんだけれども、

最後までガソリンを入れる事は出來なかつた。

 

お釣りが出てきたので鷲摑みする。

 

私は違和感を覺えた。

 

あれ、10圓玉が1枚多いぞ。

 

後部には次の車が待機してゐる。

私はそのまま、立ち去つた。

 

返した方が良かつたかなあ。

 

車で國道を走る。

 

前方を見る。

 

歩道から男性が横斷してきた。

 

何なんだよと思いつつ、

車を停める。

 

男性は手を上げ、渡る。

 

私は道を讓つた後、

 

 

 

ビーーー、と警笛を鳴らした。

 

道路の横斷、危險である。

田舎の國道でなら何ともないが、

走つてゐた所は澁滯多發する國道だ。

 

横斷步道を渡つてほしいものだ。

 

 

時は平成14年。

 

連日、ある政治家の話題がテレビを席捲してゐた。

 

鈴木宗男衆議院議員である。

 

あるNPO法人の代表が會議の參加を拒否されたといふ。

鈴木宗男氏からの壓力があつたのではないか?、

といつた話から始まつた。

 

當時の田中大臣との對決が報じられた。

小泉總理大臣に田中大臣は更迭されたんだつけ。

 

その後も「ムネオハウス」など、

過熱報道は收まらず、

 

鈴木宗男氏は、自由民主黨を離黨する事になつた。

 

この會見での發言である。

 

淚を流しながらハンカチで目をぬぐひ、

「黨に迷惑をかけた」

と發言した。

 

この會見をテレビで見てゐた私は、

「え?本當に泣いてんの?悲しさうな眼ではないよ」

と疑問に思つた。

 

何故か、この会見、この淚が記憶に殘つてゐるのだ。

 

その後逮捕された鈴木宗男氏は、

無實を訴へるものの有罪が確定し、

刑務所に入り、生還した。

 

今は日本維新の會に所屬し、

參議院議員として活動してゐる。

 

 

今日はどこにも行かずに、

家で休んだ。

 

最近、焦つてゐることが多い。

 

何をしても實力以上の結果が出ることはないから。

今の、これが、現實で、實力なんだ。

 

 

男1 (奇聲)「けつたいな話や。」

女  「なにが?」

男1 「おれがやがな(自分の鼻を指さす)。

          おれが地獄に墮ちてしまうたことがやがな。

          なんで墮ちたんやらなあ。

          おれは浮世でなんにもせえへんかつたんやでえ。                  (後略)」

 

 

20年位前に讀んだ本である。

 

司馬遼太郎「花の館・鬼燈」である。

「暗雲渦卷く應仁の亂前夜、慾望と怨念にもだへつつ、

救濟を求めて彷徨する人たち。

足利將軍義政と妻富子を軸にこの世の正義とは何かを問ふ

「花の館」、

權勢に輝く信長に謀叛、一族殺戮の最中に一人生きのびる武將荒木村重の非劇を描く

「鬼燈」。

亂世の重荷を背負ふ人間像を鮮やかに刻む傑作司馬史劇二篇」


情けないことに、話の內容は、全く覺えてゐない。

しかし、この戯曲の冒頭は、今でも覺えてゐるのだ。

大阪出身の著者が書く、魅力溢れる大阪辯である。

 

花の館は、著者あとがきによると、

當時の世相を批判して書いた、

といふ意味の事が書いてあつた。

 

 

また讀んで見やう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、9時30分から、事前に予約してゐた獻血に行った。

 

今囘は、針を刺してもらった時、チクツ、となつた。

一瞬の事なので、直ぐに痛みは治まる。

 

眞つ赤な血で袋が膨らんでいく。

 

獻血は終り、針は外された。

 

 

バスを降り、ジュースを飲む。

 

 

前に竝んでゐた人は、50囘目だといふ。

 

1年に3囘するとして、私が50囘獻血するのは、

不可能だ。

 

何歲からしているのかな。

 

休憩した後、家に歸る。

キムタクの愛稱で知られる、木村拓哉さん。

 

私は、木村拓哉さんに關する、ある記事を讀んだ。

 

「飯食ひに行くぞ」…木村拓哉が岡本健一を今でも慕ふ理由は「SMAP時代のイヂメ事件」

 

 

 

以下、引用。

 

2人の師弟關係を決定づけた出來事が、SMAP時代の”イヂメ事件”だ。ジヤニーズの合宿所で、ある有名グループのセンターだつた先輩から「服をやるよ」と言はれたSMAPのメンバー。一人ひとり名前を呼ばれるなか、木村だけが除け者にされ、最後まで聲をかけてもらへなかつた。「何だよこの仕打ち」と腐つてゐたら、たまたま通りかかつた岡本が「飯食ひに行くぞ」と木村に聲をかけ、フオローしたといふ。

 

以來、2人はプライベートでも交流を深める。木村は岡本の影響でギターをはじめ、活動の主軸を舞臺に移した岡本の後を追ふやうにして俳優業に邁進した。

 

引用終り

 

この記事の全てが事實かどうかは分からぬ。

 

しかし、岡本さんと木村さんの繫がりは本當のやうだ。

 

困つてゐる人を助ける。

できさうでできない事だ。

感謝の氣持ちを忘れず、

繫がりが續いてゐる。

 

この記事は今でも好きである。

 

 

昨日、歸宅後、久しぶりに走つた。

と言つても、ゆつくりと、1キロ位である。

 

 

そのせいで、今日は膝や腰が筋肉痛となつた。

 

步く時、ズキズキと痛む。

 

今日も、走つた。

 

足が上がらない。それでも、走る。

 

最近、全く走つてゐない、運動してゐない事に氣がついた。

 

これでは太ってしまふ。

 

これから、運動をしていかう。

 

 

ガソリンを入れる。

 

走行距離を確認する。

 

走行距離が10萬キロを超えてゐた。

 

殘念ながら、10萬キロの瞬間には氣が付かなかつた。

 

 

9萬キロ走つてゐる事には

氣付いてゐた。

距離計を見るのを忘れてゐたのだ。

 

これからも、安全運轉を心掛けたい。