音楽とはまったく関係ありませんが、野球界の野村克也監督が先月この世を去ってから約1月が経ちました。

もはや「野村監督」という言葉が固有名詞になるくらい監督業に身を捧げた方でした。
(正確には野村監督というと他に広島の野村謙二郎監督もいます)


小中学校では野球漬け、中日ファンだった私にはヤクルト黄金時代の憎き(笑)敵将です。


この方ほど追悼番組が組まれた野球人はいませんね。奥様を亡くされてから「お迎えを待っているだけ」とボヤいておりましたが、本当に来てしまいました。
ヤクルトドリームチームで打席にたつ野村氏。周りは教え子たち。


この方を私が最も尊敬しているのはそのリベンジ人生。

テスト生で入団し、三冠王。本塁打、安打で歴大2位。

8年間も兼任監督を努め、優勝までした南海を婦人問題で追われ、西武で現役を終えた後、解説者を10年もやり、ヤクルトで3度の日本一。

阪神で3年連続最下位のあとは、シダックスで都市対抗準優勝、楽天を初の2位。

残念なのは現役時代を知らないこと、
「俺は何やっても2番、2番」と本人がよく使う自虐ですが、安打、本塁打、出場試合ともに2位とは凄まじい数字です。

それにしても南海を追われた後は、「人間的に監督に向いていない」との評価で、ヤクルトの球団社長の相馬氏に解説の鋭さを見込まれて招聘されるまで10年もかかったのは驚きです。

人の評価なんかいい加減なものですね。(笑)

名選手で名監督だった野村克也氏。ご冥福をお祈りします。
西武を破り日本一になった野村監督。