真の吾(まことのわれ)~本来の自分を生きる~
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「分かって欲しい」


この気持ち、誰にでもあると思う
僕もたくさんある


分かってもらえたら嬉しいし
分かってもらえなかったらい悔しい、苦しい


しかも、身近な人になればなるほど
その気持ちは大きくなる


親に分かって欲しい
恋人に分かって欲しい
妻に夫に分かって欲しい


でも、昔分かってもらえなかったことがあった

どうせ、分かってもらえない
だから、何をしても、何を言っても無理


それが、「本当に分かって欲しい人」と
心が離れて行ってしまう
メカニズムだと思う


まずは、「分かって欲しい」と思っている自分に気づくこと

「分かって欲しい」と思っている自分を「分かってあげる」こと

それを、「弱い」とか「甘い」とか「またか」とかで
責めないで

「ああ、分かって欲しいんだね~」
「分かってもらえなくて、悔しかったんだね~」
「さみしかったんだね~」



って分かってあげる


分かって欲しくて苦しいなら
まず自分が分かってあげる



それだけで、だいぶ
心が穏やかになる


今日も良い一日を
お友達のブログに登場しました

http://ameblo.jp/just-like-us/entry-11590384280.html

僕はカフェでお友達の話を
じっくり聞いて、共感して
それだけしてたんだけど


「それだけ」が逆に良かったみたい


自分の中で考えていると
モヤモヤして、グルグルして
何にも起こらないけど

人に話して
その思いを「放して」みると

自分で気づけるんだよね



人は誰でも、自分で自分のことを良くする力を持っている

ちょっと、他人の力を借りて
話を聞いてもらえれば

その力はムクムクと
人生を変えるエネルギーになるんだ


このイベント僕もコーディネーター役で参加です


ご都合付く方は
参加してみてください

場所も新宿なので
割と来やすいです
ほっ

としたんだ
心の底から


何があったかというと


サイフの小銭を
コンビニの募金箱に全部入れたんだ


すると・・・・


それはそれは何とも言えない




解放感




が体全体に広がった。


細胞のひとつひとつが


ほっ


とした感じ



いいえ、いいえ



これは「善いことは気分がいい」なんていう


類の話ではないのではないのです



私に起こったのは


「損してはいけない」


という強迫観念からの




解放




だったんだ


僕は常に

そう、常に



「損したくない」



と思っているんだ




お金という損得の象徴を

募金箱に入れて

何の見返りもない

何も帰ってこない

何も手に入れない


純粋な





をした時


「損してはいけない」

という過剰自己防衛のストレスから



一瞬、解放された



損するってのは

実は、とても楽しいことなんだって

募金箱に教わった


だから

もっと積極的に

損をしよう

楽しいから

人生を良くしよう

としていた時は
なぜかいっこうに良くならなかった

逆に
悪くなってもいいや
と腹がくくれたら
失敗への恐怖が減って
行動の量が増えて

人生がどんどん良くなった


人生は逆説的なんて
よく言われるけど

だったらそれを利用して
逆に行ったもん勝ち


絶対にやらないだろうことを
どんどんやる
Study(勉強する)の語源は

Studious(何かに没頭する)という形容詞の単語から来ているそう。

無理やり強いられることより

自分がやりたくて没頭できることが
その人がこの世で最も学ぶべきテーマであり
最も身につくこと


いやいややっていることを
出来るだけ手放そう
誰かがイライラしてるのを見て

「イライラすんなよ、イライライライラ・・・・」


誰かが怒ってるのをみて

「そんなことで怒ってんじゃねーよ!!」


ってこと
ありませんか?


僕はある


感情は
まるで音叉のように
伝わっていく


相手の弱さが
自分の弱さに

呼応してるんだ


イライラしないで!!!
怒らないで!!!


と相手の感情に抵抗すると


自分のイライラ、怒りは
どんどん強くなる

どんどん相手が
醜い人に見えてくる


なぜなら
感情は抵抗することで
大きくなるから
強くなるから


感情の共振を
止めるには


相手の弱さと自分の弱さを
感じて見る


あなたも弱い
私も弱い
それでよい

と思えると


音叉の共振は静かに止まる


イライラや怒りは
まるで武士が刀を鞘を納めるように


すーーーーーっ


と収まるところに収まっていく

静かな本来の自分に還ることができる
無意識に思っていること

それは

「人に迷惑をかけてはいけない」

ということ


迷惑をかけずに、

なるべく迷惑をかけずに

誰かの手をわずらわせずに

他人を困らせたりせずに



生きようとしなくてはいけない

生きなくてはならない

生きるべき



そう
無意識に思っている


だから

つい人の眼を気にしてしまう

気を使いすぎてしまう

空気を読み過ぎてしまう



そして

すごく

疲れてしまう



なんで疲れるの?



だって、無理なことをしようとしてるんだもん

他人に迷惑をかけずに生きるなんて

無理だよ


絶対に


僕たちは関わりながら生きている

関わるってことは

いい影響だけじゃなくて

悪い影響も与える可能性があるってことだ


そして

その良い悪いは

関わる相手が決めるんだし


だから

他人に迷惑かけてもいい


だって、無理だもん


迷惑掛けてもいいし

その結果、嫌われてもいい

嫌がられてもいい


人に迷惑をかけようが

他人に嫌われようが

あなた本来の素晴らしさに

何の変化もない
世の中は素晴らしくて完璧なあなたなんか求めちゃいない



失敗が怖くて

だらしなくて

うまくできなくて

ダメになりたくなくて

そんなヘタレな自分がバレたくない





そんなあなたが



そんな自分を許して



そんな自分を受入れて





失敗してもいい

だらしなくてもいい

うまくできなくていい

ダメダメでいい

そんなヘタレな自分がバレてもいい



って言いながら



自分のやりたいことをやって

あなたなりの「愛」を表現することを



世界は求めている



大丈夫

あなたの「いのち」は

あなたの求めていることを

求めているから
久々のブログ更新

デザインも変えてみました

やっぱり本が好き

僕には今、もうすぐ1歳になる息子がいます。

赤ちゃんを観ると、自然と優しい気持ちになります。

こんな気持ちで自分と接することができれば

人生は柔らかく温かく展開していく

そんな気がしています。

お久しぶりのご挨拶でした。
自信がない、と人は言う

そもそも、自信とは何だろう


ものごとに当たるとき

不安にならないことだろうか


どんな時でも動じない

強い心を持つことだろうか


ある程度の経験(修羅場)をつめば、

大したことでは動じなくなるのは事実だ


でも、すべての人が修羅場をくぐらないと

自信が持てないのであれば

なんて荒廃した世の中だろう


自信とはもっと穏やかなものだ



自信とは

失敗しても、

うまくいかなくても

自分は決してダメにならない、という

自分への肯定感のことだ



恐れても不安でも

恥をかいても

批判されても、

避難されても

私は私を信じている

という自分への肯定感のことだ



自分を肯定することで

自信は養える



自信を養うことを阻害するのは

自分で自分を愛することへの

気恥しさや照れである


自分を肯定することを阻害しているものを探そう