【2月12日】
今回の旅のもうひとつの目的は、エベレスト街道に酸素吸入設備をセットアップすること。

高圧酸素ボンベは航空機で運べないから、登山隊がヘリで持ち込んだ残りしか存在せず、あったとしてもとんでもなく高価だ。

昨年秋の山行では仲間がヘリで搬送されたし、春のエベレストマラソンでも二人の日本人がヘリを呼んだ。

その時の「酸素さえあれば」と悔しい思いをした。もし酸素さえあればヘリを呼ばずとも済んだろうし他にも救われる人がいるはずと4台の酸素機器を持ち込んだ。

街道のロッジを訪ね、酸素機器の設置について説明して回る。概ねどのロッジも設置を希望するが、問題はセキュリティ。一人一人オーナーと対話し人柄を確かめる作業に手間隙を要する。

この日はディンボチェ(4410m)にセットアップしそのままステイする事になった。
【2月13日】
当初の計画ではトクラ(4620m)、ロブチェ(4910m)、ゴラクシェプ(5140m)にセットアップしに行く予定だったが、この時期はロッジオーナーが不在との事なので、予定を変更しアイランドピーク最寄りのチュクン(4730m)に向かった。

アイランドピーク、ローツェ、アマダブラムに囲まれた美しい街だ。

チュクンではスクリューやスノーバーなどをレンタルし、装備チェックを行った。

傍らではスイス、イタリア、ドイツで構成された登山隊がトレーニングに励んでいた。ここで2週間のトレーニングを行うそうだ。スポンサーロゴが入ったウエアと研ぎ澄まされたアスリート体型がカッコいい。

僕と彼らしかいないロッジ。何とかコミュニケーションを取ろうとするが、そこには明らかな軽蔑の念があった。
娘がペンキだらけにしたダウンパンツとUNIQLOのフリースという格好もそうだが、チープな装備の酸素の行商人がたかだか3日でここまで来て明日にでもアタックするという姿勢が気に食わなかったらしい(後日談)
【2月14日】
前日にBCまで移動する予定だったが、天候が優れないのでチュクンに一泊し、早朝にベースキャンプ(5100m)に向かった。

テントを設営してから5700m辺までアイスフォールの様子を見に行く。

前情報ではガイドを4~5人連れて長い梯子を数本持って行く必要があるとの事だったがまさにその通り。
しかしそんな大がかりな事をするつもりは毛頭無い。今回の目的はあるがままの山と対峙することにある。第一それじゃシーズン登山と変わらないし、来月にはわざわざ梯子を持って行かずとも常設されているのだからそれから行けばいい。

アイゼンポイントからハイキャンプ(5600m)に下りた所で再び国際登山隊と出会った。彼らは愛想でハイ!と立ち止まったが、こちらは萎縮気味でなかなか話しかけるのが億劫だった。
「昨日のタイムは16分30秒」
「3分後スタートだ」
どうやら彼らはここから500m下のBCまで毎日タイムトライアルをやっているらしい。
下りのガレ場。
標高差500。
感覚的に「いける」と思った。
「僕も走るよ!」
相変わらずよそよそしい感じだが、じゃあ来いよ!と僕のチャレンジを受け入れてくれた。
トレーニングのラスト15分で追い込みたい時のテーマ曲、チャイコフスキーの1812年をセットした。
「レッツゴー」
三人は隊列を組んで走り始めた。
僕は落石に気を配り10mほど後ろを追走する。
ストックとトレランシューズの彼らと比べこちらはスノーシューズとピッケルだ。それでもガレ場の下りは苦手ではない。むしろ得意分野だ。
激しい息切れの中、ナポレオン軍の進撃が陰りを見せ、フランス国歌が乱れ始めた曲の後半、徐々にドイツ人が隊列から遅れ始めた。
最初は遠慮して追い越すのを躊躇したが、先頭の二人との距離が離れて行くのに耐えられず、頑張って!と背中をポンと叩いて前に出た。
よく考えたらサハラマラソンやUTMBでなんどもやって来た事じゃないか!追い越した瞬間みるみる自信がみなぎってきた。
15分26秒の曲の終盤、勝利の祝砲と共にベースキャンプにたどり着いた。
そこにはもう軽蔑は無かった。
「お前ならいけるよ!」
「絶対死ぬなよ!」
「帰ったらビール奢るぜ」
そして下山後の夜、彼らとチュクンで楽しい一夜を過ごした。
【2月15日】

今回の山の目的は自分なりの山のスタイルを見つける事にあった。わざわざ厳冬季を選んだのもそのためだ。

装備は最小限。
いつもの日本での山行スタイルを貫いた。

ピークには届かなかったけど、冬期とか単独とかバリエーションとか様々なコンセプトを掲げる前に、ありのままの山を知ることができた。
ビジョンとステップ
4月には再びアイランドピークをリベンジするつもりだ。帰りには秋のチャレンジを視野にアマダブラムBCを下見した。その次は散々眺めたヌプツェ、そしてローツェ、それからエベレストだろうか。
夢が目標に変わったいま、下山してからやるべき事は明確だ。
今回の旅のもうひとつの目的は、エベレスト街道に酸素吸入設備をセットアップすること。

高圧酸素ボンベは航空機で運べないから、登山隊がヘリで持ち込んだ残りしか存在せず、あったとしてもとんでもなく高価だ。

昨年秋の山行では仲間がヘリで搬送されたし、春のエベレストマラソンでも二人の日本人がヘリを呼んだ。

その時の「酸素さえあれば」と悔しい思いをした。もし酸素さえあればヘリを呼ばずとも済んだろうし他にも救われる人がいるはずと4台の酸素機器を持ち込んだ。

街道のロッジを訪ね、酸素機器の設置について説明して回る。概ねどのロッジも設置を希望するが、問題はセキュリティ。一人一人オーナーと対話し人柄を確かめる作業に手間隙を要する。

この日はディンボチェ(4410m)にセットアップしそのままステイする事になった。
【2月13日】
当初の計画ではトクラ(4620m)、ロブチェ(4910m)、ゴラクシェプ(5140m)にセットアップしに行く予定だったが、この時期はロッジオーナーが不在との事なので、予定を変更しアイランドピーク最寄りのチュクン(4730m)に向かった。

アイランドピーク、ローツェ、アマダブラムに囲まれた美しい街だ。

チュクンではスクリューやスノーバーなどをレンタルし、装備チェックを行った。

傍らではスイス、イタリア、ドイツで構成された登山隊がトレーニングに励んでいた。ここで2週間のトレーニングを行うそうだ。スポンサーロゴが入ったウエアと研ぎ澄まされたアスリート体型がカッコいい。

僕と彼らしかいないロッジ。何とかコミュニケーションを取ろうとするが、そこには明らかな軽蔑の念があった。
娘がペンキだらけにしたダウンパンツとUNIQLOのフリースという格好もそうだが、チープな装備の酸素の行商人がたかだか3日でここまで来て明日にでもアタックするという姿勢が気に食わなかったらしい(後日談)
【2月14日】
前日にBCまで移動する予定だったが、天候が優れないのでチュクンに一泊し、早朝にベースキャンプ(5100m)に向かった。

テントを設営してから5700m辺までアイスフォールの様子を見に行く。

前情報ではガイドを4~5人連れて長い梯子を数本持って行く必要があるとの事だったがまさにその通り。
しかしそんな大がかりな事をするつもりは毛頭無い。今回の目的はあるがままの山と対峙することにある。第一それじゃシーズン登山と変わらないし、来月にはわざわざ梯子を持って行かずとも常設されているのだからそれから行けばいい。

アイゼンポイントからハイキャンプ(5600m)に下りた所で再び国際登山隊と出会った。彼らは愛想でハイ!と立ち止まったが、こちらは萎縮気味でなかなか話しかけるのが億劫だった。
「昨日のタイムは16分30秒」
「3分後スタートだ」
どうやら彼らはここから500m下のBCまで毎日タイムトライアルをやっているらしい。
下りのガレ場。
標高差500。
感覚的に「いける」と思った。
「僕も走るよ!」
相変わらずよそよそしい感じだが、じゃあ来いよ!と僕のチャレンジを受け入れてくれた。
トレーニングのラスト15分で追い込みたい時のテーマ曲、チャイコフスキーの1812年をセットした。
「レッツゴー」
三人は隊列を組んで走り始めた。
僕は落石に気を配り10mほど後ろを追走する。
ストックとトレランシューズの彼らと比べこちらはスノーシューズとピッケルだ。それでもガレ場の下りは苦手ではない。むしろ得意分野だ。
激しい息切れの中、ナポレオン軍の進撃が陰りを見せ、フランス国歌が乱れ始めた曲の後半、徐々にドイツ人が隊列から遅れ始めた。
最初は遠慮して追い越すのを躊躇したが、先頭の二人との距離が離れて行くのに耐えられず、頑張って!と背中をポンと叩いて前に出た。
よく考えたらサハラマラソンやUTMBでなんどもやって来た事じゃないか!追い越した瞬間みるみる自信がみなぎってきた。
15分26秒の曲の終盤、勝利の祝砲と共にベースキャンプにたどり着いた。
そこにはもう軽蔑は無かった。
「お前ならいけるよ!」
「絶対死ぬなよ!」
「帰ったらビール奢るぜ」
そして下山後の夜、彼らとチュクンで楽しい一夜を過ごした。
【2月15日】

今回の山の目的は自分なりの山のスタイルを見つける事にあった。わざわざ厳冬季を選んだのもそのためだ。

装備は最小限。
いつもの日本での山行スタイルを貫いた。

ピークには届かなかったけど、冬期とか単独とかバリエーションとか様々なコンセプトを掲げる前に、ありのままの山を知ることができた。
ビジョンとステップ
4月には再びアイランドピークをリベンジするつもりだ。帰りには秋のチャレンジを視野にアマダブラムBCを下見した。その次は散々眺めたヌプツェ、そしてローツェ、それからエベレストだろうか。
夢が目標に変わったいま、下山してからやるべき事は明確だ。