私にできるのは、“冒険の扉”を示すこと。扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう。

ダカールラリー創始者ティエリ・サビーヌの言葉です。

1978年に始まったダカールラリーはアフリカの治安悪化により急遽中止となった2008年大会より舞台を南米に移しました。そして2020年大会はサウジアラビアでの開催となります。

そんな中もうひとつのラリーが生まれました。亡きサビーヌが唱えた冒険の灯火が受け継がれ、2009年にダカールを目的地とするAER(アフリカエコレース)が誕生しました。



【ふたつのパリダカ】

2004年大会での挫折以来、リベンジの機会を狙っていた僕は「南米開催中止」の報に心を震わせました。僕にとってのリベンジはダカールラリーでありダカールへの冒険なのです。「もしかしたらアフリカへ戻るかもしれない」

しかし発表された開催地はサウジ。
溜め息が零れました。

そんな矢先、ダカールラリー36年連続出場の世界記録を持つ菅原義正さんがレンジャー(日野)を下り、新たなチャレンジとしてAERに出場すると発表されました。

チャンスの神には前髪しかない。だから正面に来た瞬間、しっかりと掴めるよう常に構えていなければならない。一瞬でも躊躇したらもう掴む余地は残されていない。

AERはシュレッサーが主催するレースであり創始者の一人にはオリオールも名を連ねていました。ルートはクラシックなダカールへの道。そして昨年は篠塚建次郎さん、今年は菅原義正さんが出場するラリー。正に憧憬を抱いた時代のパリダカがここにあります。僕は瞬時に前髪を掴みに行きました。来年や再来年では意味がないのです。

【ふたつのラリー】

かつてダカールラリーに出場するプライベーターはレース中はもとよりスタートするまでにも様々なタスクをクリアする必用がありました。

菅原さんが「ゴールが来年のスタート地点」「スタートに立った時には99%レースは終わっている」と言うのも頷けます。マシン製作から輸送、通関、検疫、登録にはじまり、レース中の機材輸送やメカニックの移動手配、ゴール後の返送手配などやること満載。レース中夜を徹して整備に取り組む姿がイメージできると思います。

一方、近代のラリーはフルパッケージが主流となっていて、ライダーは直前にウエア類だけ持ってスタート会場に行けばオッケー。完璧に整備されたレンタルマシンが用意されていてレース中もメカニックによるフルサポートが提供されます。リゾート系のラリーではビバーク到着後はすぐにホテルに移動してプールサイドでワインみたいな感じ。ライダーがオイルで手を汚すことはないしメカニックスキルも必要ありません。しかもトータルコストは日本からマシンを送ってメカニック帯同させるより遥かに安く抑えられます。

それでも今回僕はプリミティブなラリー、2004年に挫折したあのラリーの続きをやりたかった。チーム菅原のお荷物役、メカニックは腐れ縁の麻生さん。それでなきゃダメなのです。

出発は22日。23日にはフランスの菅原ガレージに入ります。そこで16年間途切れていたコマが繋がります。

正月&決算をまたぎ1ヶ月留守にする我が儘を受け入れてくれた家族とスタッフに心から感謝しています。帰国は1月23日。帰ってきたら次のステップに向け邁進したいと思います。