「サーカス」
そこには全てがあると同時に何ひとつ無かった。実のあるものは何ひとつ無かったと言い換えてもいいのかも知れない。サーカスの華やかな見せ物は、終わってしまえばガランとしたステージが残るだけだ。それはさっきまでのショーの余韻を残している分だけ余計に物哀しい。ライオンは檻に帰り、ピエロはサッサとメイクを落としてしまうと煙草を吸いながら仲間うちでのトランプゲームに興じていた。
「早くウチへ帰んなさい」
カミさんと呼ばれる食事係の女が言う。
「今ならまだ間に合う」
「帰るウチなんか無いわ」
少女は言う。サーカスに魅せられ、そのまま居ついてしまった少女だ。雑用などをこなしながら団員たちと生活を共にしている。
「ここに居ては駄目になる」
カミさんは少女の目を見て言った。
「私みたいにオバさんになってからじゃ本当に取り返しがつかないんだから」
彼女もまた若いウチからサーカスで暮らし、団員と結婚して、「元の世界」に帰れなくなった一人だった。
「確かにサーカスは華やかな舞台だよ。でもその舞台裏にある哀しみにアンタも気付いているんじゃないのかい?」
やがて少女は渋々ながら親たちの元へ帰ることになる。彼女はどうやら間に合ったようだった。虚構から現実へと引き返す最後の列車に。そしてサーカスはまた違う街から街へとさすらって行った。