その女 | shingo722のブログ

shingo722のブログ

ブログの説明を入力します。

 「その女」
 
 昔から人の顔を覚えることが得意では無かった。学生時代の旧友に道端で急に声を掛けられて返答に窮したこともある。同級生の顔を忘れてしまう冷たいヤツだときっと後ろ指をさされていることだろう。
「本当に私の顔を思い出せないわけ?」
 彼女は言った。そこには純粋な驚きの気持ちが込められていた。
「申し訳ないとは思っているんですが」
「あなたはそんなふうに誰も彼も顔を忘れてしまっていくの?」
「まぁ、余程印象に残るような間柄で無い限りは…」
 僕はそこまで口にしてから失敗に気が付いた。
「ふふん」
 彼女は少しだけ皮肉に唇の端を曲げたが、さして傷付いた様子も無かった。
「まぁ、いいわ。時間をかけて思い出すといい。幸い私には時間があるから」
 僕は暑い昼下がりの道端で冷や汗を流し始めていた。美しい顔立ちの女だった。なぜ印象に残っていないのだろう?向こうの記憶違いという可能性は?
「村山くんは昔からそそっかしいところがあったような気もするわね」
 名前を呼ばれて僕は観念した。オーケー、僕が彼女のことを忘れてしまっているのだ。頭の中にぽっかりと開いた記憶の迷宮に、彼女の顔と名前は吸い込まれて消えてしまっているのだ。僕は地面に開いた巨大な穴の底を覗き込むようにして、途方に暮れていた。