「寮生活」
大学生のときに初めて寮生活というものをした。一人っ子である私にとって歳の近い誰かと同じ部屋で寝起きするというのは初めての経験だったので、はじめのうちはどうなるものかとずいぶん不安に思ったのだが、案外するすると慣れてしまうものだ。私と同じ部屋になったのが、気のいい青年だったということもある。いわゆる当たりというやつだ。我々はすぐに打ち解け色々と話をした。彼は島根の田舎の方から大学のある大阪まで出て来たらしい。「ずいぶん都会まで来たもんだとびっくりしたよ」。そう言って彼は鷹揚に笑った。
ある日の夜、私が2段ベッドの上の段でどうにも寝付けずにいると、部屋の中で誰かの啜り泣く声が聞こえてギクリとした。まさか幽霊でもあるまいと思いつつ恐る恐る当たりを見回して、どうやらその泣き声は2段ベッドの下の段から聞こえて来ているらしいことに気がついた。
私は物音を立てない様にこっそりとベッドの下の段を覗き込んでみた。すると彼が嗚咽を漏らしながら泣いている様子を目の当たりにすることになった。それは衝撃的な光景だった。普段の彼はのんびりとして、どちらかと言えば鈍い性格なのでは無いかと私は思っていたからだ。「めぐみ…」、彼はそう呟いていた。
それが誰の名前であったのかはついに聞けずじまいだった。田舎に残して来た恋人だったのかも知れない。大学時代に深夜ベッドで声を漏らして泣いていた彼の姿は、卒業してから十数年経った今でも私の心に深く残っている。