その男 | shingo722のブログ

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 「その男」
 
 込み上げる吐き気と闘い続けていた。正面に座るこの男の何かが私の内面のツボのようなものを刺激し、確実に不愉快な気分へと誘っていった。
「困りますなぁ、実に」
 男はそのタプタプとした顎肉を触りながら言った。それが男のクセらしいのだが、その指先に付いた脂なり汗なりをテーブルの隅で拭うのが気になって仕方がなかった。引っ越して来たばかりでウチの中の家具は新品ばかりなのだ。
「こちらとしても善意だけでは成り立ちませんからなぁ」
「何度も申しますように」
 私は吐き気とともに込み上げる苛立ちを押し殺すように言った。
「ウチはまだテレビを置いていないし、これから買うかどうかすら分からないんです。それなのに受信料を払うというのはおかしな話じゃないですか」
「スマートフォンというのがありますからなぁ」
 男は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「どれだけ巧妙に隠しても抜け道というものはあるもんで」
「スマートフォンでも決まった動画しか見ない。頼むから帰って下さい」
「また来ますよ」
 男はいかにもどっこいしょという感じで立ち上がると、コップの中のアイスコーヒーを音を立てて飲み干した。何をするにも余分な音を立てるタイプなのだ。
「今度来たときにはテレビを隠していないか、奥の部屋まで見せて頂きますよ」
 男が出て行ったあともしばらくその不愉快な存在感は消えなかった。私は窓を開けて空気を入れ替え、気晴らしにステレオでクラシックを掛けながら新しくコーヒーを淹れて飲んだ。それで気分はいくらかマシになった。しかし最近テレビを観なくなったよな、まったく。