「上京」
22の年に小説家になるために上京した。もちろん、小説は実家に居ようがどこに居ようが書けるわけだが、環境を変えたかったというのもあるし、単純に一人暮らしをする口実でもあった。都心から離れた閑静な住宅街の、そこからまた少し離れたアパートを見つけて住み始めた。家賃は東京で5万円と破格に思えた。ベッドとパソコンを置いたらほとんど足の踏み場などなかったが、独りになるには好都合だった。ここから何かが始まるのだという気がした。ベランダに出て煙草を吸っていると雲雀が鳴く声が聞こえた。東京に来たのだ、という実感と共に、何かを1つ成し遂げたという奇妙な錯覚があった。これから成し遂げなければならないことに比べれば現状は何も始まっていないに等しい。自己満足の甘い罠が口を広げて待っているような、一抹の不安が脳裏をよぎった。