「香り」
刹那、記憶の扉がノックされた。そういうことってたまにある。ラブホテルの甘い香りが、幼い日に嗅いだ母の香水の匂いを思い起こさせたりとか、そういったことだ。
そのせいかは分からないが、僕はうまく射精まで達することが出来なかった。
「どうしたの?」
彼女が心配そうに聞いて来た。
「いや、心配ないよ。少し飲み過ぎたみたいだな」
僕は少し傷付いたフリをして言った。まさか母の顔がチラついて集中出来なかっただなんて言えない。
「あまり気にし過ぎないでね。そういうことって、よくあることみたいだから」
彼女は優しく僕の背中を指でなぞりながら言った。彼女の香りは僕に何かを思い起こさせようとしていた。記憶の扉が再びノックされる。僅かに開いた扉から、幼い日に見た原風景が遠慮がちに顔を覗かせていた。ぼんやりとした頭の奥で、僕は何かを思い出そうとしていた。
しかし、やがて下半身に甘い疼きを感じた僕は、夜の香りの織りなす倒錯の渦へと身を投じていった。