「初詣」
近所に神社があったとしても、年にお参りをするのは数度しかないものだろう。僕で言えば年に1度、初詣に行くぐらいのものである。急な石段を登り、ごく控えめな社殿の前に据えられた賽銭箱に、ごく控えめな額の賽銭を投げる。
その年、僕は成人を迎えることになった。賽銭箱に5円玉を放り込んだ瞬間、周りの空間が波打った様な気がした。瞬間、僕の視点は俯瞰へと変わっていた。僕が見下ろしているのは、3歳か4歳頃のまだ幼稚園に入る前の僕、横に立つのは亡くなったおじいちゃんだった。僕は一心におじいちゃんとずっと一緒にいられることを願っていた。おじいちゃんはおじいちゃんで孫である僕とずっと一緒にいられることを願っていた。その空間の互いの感情が可視化されたように僕には見てとれた。
次の瞬間、僕は再び20歳で1人で賽銭箱の前に立っていた。思い返せばおじいちゃんが亡くなったのは僕が幼稚園に上がってすぐだった。あのとき一緒にお参りしていた時にはすでに病を得ていたという。僕が幼稚園に上がるのを見届けられたことを長生きととるか、70代の前半という年齢を短命ととるかは人次第である。でも僕は、いくつかのおじいちゃんとの思い出を大事に胸にしまい生きていくしかないと思った。