「母親」
母親の葬式では涙は一滴も出なかった。すでに私は家を出ていたため、母親とは数年ぶりの再会となったが、悲しいとか懐かしいといった感情は一切湧いて来なかった。葬儀では5人目だか6人目だかの旦那が形ばかりの喪主を務めていたが、食事の席で雑務の一切を私たちの親戚に任せて酒ばかり飲んでいた。あるいは葬儀の前から飲んでいたのかも知れない。
まだ母親と暮らしていた頃、家には入れ替わり立ち替わり男が出入りしていた。母は美しく、よくモテたし、水商売をやっていて客を家にあげることもあった。そしてその男たちのうちの何人かと結婚と離婚を繰り返した。私は2番目と3番目の義父が好きで4番目が嫌いだった。最初の父のことは覚えていない。
結局その4番目の義父が酔って暴力を振るうのが嫌で私は家を出た。母親とは違う生き方がしたかったのだが、結局私も水商売で生きていくことになった。女1人で生きていくのは大変だったし、結局は血筋なのかも知れない。「同じ穴のムジナ」、そう自分で自嘲気味に思うこともあった。
もうじき彼が帰ってくる。路上で弾き語りをしてミュージシャンになるのだと言うが、あまり売れる気があるようには見えない。生活費は私が面倒をみているが、少なくとも暴力を振るわないからマシだと思う。今この瞬間が少しでも幸せなら、それでいいと思って生きている。