「耳」
限定された分野における突出した才能は時に人を数奇な人生へと連れ去っていく。アルベルト・アインシュタインは4歳になるまで言葉を話す事が出来なかったが、のちに数学や物理学の分野でその天才的な才能を発揮することになった。レオナルド・ダヴィンチは精巧な絵を描く為に解剖学にまで精通し、特別な許可を得て遺体安置所の遺体にメスを入れていたという。
ユキエに関して言うなら彼女の突出した才能とは絵を描くことだった。小さい頃から自然や虫を熱心に観察し、周囲にあまり友達がおらず両親や教師を心配させたりもした。
しかし彼女は教師の強い薦めで有名な美大に進むと、その絵画における才能を開花させた。彼女は暇さえあれば筆をとったし、次々と新鮮な印象を見るものに与えるような素晴らしい作品を描いた。画家は彼女にとっての天職になるはずだった。
ある日、授業の課題で自分の身体の一部をつぶさに観察し、デッサンするように言われた。大半の生徒が自分の手であったり顔を描く中、ユキエが興味を持ったのは自分の耳だった。彼女は小さい頃から植物や虫に興味を持つ様に、物音に対しても非常に敏感だった。どうして私の耳には色々な音がこういう風に聞こえてくるのだろう。また、周りが気付かない様な音でもユキエは敏感に聞き取った。
その日彼女は寮の自室に戻ると、鏡で自分の耳をしげしげと眺めた。そこには自分の耳は少し尖り過ぎているだとか、あんまり可愛らしくないといったような女の子らしい感情は微塵も無かった。どのようにしたらこの自分の顔の横に付いた突起物の本質を捉えられるかということにのみ彼女の興味は集約されていた。とにかくいつまでも眺めているだけでは始まらない。彼女は鏡を傍に置き、デッサンを始めることにした。
夜通し何枚ものデッサンを重ねるに当たって、彼女はどうしても自分の耳に死角になっている部分があることに思い当たった。いくら鏡の角度を変えても、自分の耳を引っ張ってみてもそれを見ることは出来なかった。
実際には課題の絵は1枚でいいのだから、一方向から見た自分の耳を描けば良かったのであるが、彼女にはその耳の死角の部分がどの様な構造で、他の部分にどの様な影響を及ぼしているかまでが知りたかった。まるで人の身体を描く際、その構造を知る為に解剖学を学び実際に死体にメスを入れたレオナルド・ダヴィンチの様に。
結局ユキエの死因は出血多量によるショック死だった。自分の耳を手に取ってじっくり眺める為に彼女は鋭いナイフに手を掛けたのだ。恐るべき事には、彼女の掌には自分で切り落としたその耳と筆が握られていた事だった。激痛と出血により薄れる意識の中、彼女は描こうとしたのだ。自分の耳を。狂気、とあなたは言うかも知れない。しかし、彼女はその凄まじい探究心と集中力で真実を追い求めたのだ。一体誰に彼女の死を、いや生き様を否定することができるだろうか?