火事の記憶 | shingo722のブログ

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 「火事の記憶」
 
 パチパチという音で目が覚めた。眠い目をこすりながら布団を出ると何やら外が騒がしい。大人たちが走り回ったり、怒鳴り合ったりしていた。裏山が燃えていた。燃えているのは中腹より上の方だったが、風向き次第ではふもとの家も危ないということだった。火事は2日ほどで鎮火したが、その間私たちは近くの親戚の家に避難していた。
 夜中に家を出て燃え盛る山を見たとき、おそらく私は火事に魅入られていた。正確には、慣れ親しんだ裏山を焼き尽くす炎に憧れた。すべてを焼き尽くすからこそその凝縮作用によって焼かれる前の光景は完全なものとして時間の洗礼を受けることなく私の記憶に刻み込まれることになったのだ。
 中学生のとき、同級生の家が火事で焼けたと聞いたとき、思わず私は「羨ましい」と呟いてしまい、クラス中の顰蹙を買ったことがあるが、私は本当に羨ましかったのだ。自分が生まれ育った家と家族の記憶が永遠のものとなるのだから。たとえそれ以来しばらく、クラスの誰も私と口をきいてくれなくなったとしても。
 私は今、塀の中でこの手記を書いている。妻が中にいる我が家に火を放ったのだ。妻が私の出張中、男を家に連れ込んでいる事は知っていた。だから私は少し早めに出張から戻ると、浮気相手の男が帰ったのを見計らって家に火をつけた。警察からはなぜわざわざ浮気相手が家に居ないときに犯行に及んだのかとしつこく訊かれたが、それは当然のことだ。私が焼いたのは妻と過ごした頃の家の記憶なのだ。そこに別の男が入り込むことなどあってはならない。我が家の中で一人で妻が焼け死んだことで、幸せな家と、汚れのない妻の記憶は私の中で完全なものとなったのだった。