「同級生」 | shingo722のブログ

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「同級生」
 
 僕は彼女の顔をほとんど思い出すことが出来ない。あの日、何かの成り行きで1度だけ肌を重ねた、その女の子の顔を。そのときの僕には、たとえそれがどのような理由にせよ、1度でもセックスをした人間の顔を思い出せなくなるようなことがあるなんて、思いもしなかった。何せそのときの僕はまだ二十歳になるかならないかで、世間の成り立ちのことなんて、何ひとつ知らないようなものだったのだから。
 たしか、その日僕は大学のサークルのつまらないいざこざに巻き込まれて、キャンパスの近くのバーで半ばヤケになって酒を飲んでいたのだったと思う。そこでたまたま隣の席に居合わせたのが彼女だった。彼女はその大学の僕と同じ2回生で、何度か校舎で顔を合わせた程度の間柄だった。僕たちは視線が合うと軽く会釈をし、酒が進むにつれ軽い世間話のようなものをした。どの授業が単位が取りやすくて、どの教授の講義が退屈だ(実際、退屈じゃない講義などほとんどなかったのだけれど)といった当たり障りのない話だ。
 話の途中でふと、僕は彼女の目の脇に小さな傷がある事に気がついた。
「大丈夫、その傷?」
 僕は何気なく尋ねた。すると彼女は、
「あぁ、殴られたのよ、彼氏にね。」
 そう、こともなげに答えた。僕は何と言っていいか分からず、
「そう。」
 とだけ答えた。
「別にいいのよ、いつものことだから。」
 そう言って彼女はグラスのカクテルを飲み干した。
 そのあと僕たちは彼女のアパートの部屋に行き、セックスをした。行為のあいだ、彼女はずっと別のことを考えてるみたいだった。
 翌朝僕が目を覚ますと彼女はもう部屋に居なかった。書き置きも何も無かった。後日何度かキャンパスで彼女と顔を合わせたが通り一遍の会話をすだけで、そこにはどのような“ほのめかし”もなかった。あの晩、二人の間にあった事を確かめるような目くばせすらしなかった。あの夜二人を結びつけた魔力のようなものは完全に消え去ってしまったようだった。
 今でもふとした拍子に僕は彼女のことを思い出す。しかし最初言ったように彼女の顔はほとんど覚えていない。僕が思い出すのは彼女の目の脇にあった小さな傷と、彼女の部屋にあった、僕には大きすぎる男物の寝巻きのことだけだ。自分より遥かに身体の大きな男に暴力を振るわれるのは、さぞ恐ろしい事だろうと思う。