自分の中にある制限を外す


自分はこんなもんだろう、と考えたら、そこが限界点


そこを超えることはできない


自分の弱さを見つめながら、自分は何がしたいのかを見つめる


自分はどうなりたいのか?なにがやりたいのか?


理想なんてない?何もやりたくない?無欲でありたい?

もっと自分を見つめて

欲望と真剣に向き合う

賞賛されたい?インパクトを残したい?富を得たい?一番になりたい?

全部イエスだ

けれど、本当に心からイエスと言えるのか?

自分が欲しているもの

心から本気で欲しいと思えるものは何?

サプライズと共感によって感動を創り出す

どんな?

アドテックの講演?著名人との仕事?ブランディングの構築?役職?ひとの役に立つこと?

どれだけ他人の予想を超えていけるか

どれだけ他人の思いと同調できるか

相反する二つの反復横跳び

そうきたか!と分かるなー、の繰り返し

明日も考える
インプットしてるだけでは、しているつもりになりがち


分かっていることと分かったつもりになっていることには大きな壁がある


他人に説明し、他人を理解させられなければ分かっていることにならない


なんで?の質問に適切に回答できなければ、結局は本当に理解しているとは言い難い




自分自身が本当に理解するためには、質問力が重要だと感じている


質問することで自分が理解していることと理解していないことの境界がはっきりと認識できるためである

では、その質問力はどうやって身につけることができるのか?

まずは、自分自身に問いかけることから始まる

なんで?どうして?、と。

その際に意識すべきは、他人の視点を導入することだろう

あの人ならどう考えるだろう?あのひとに説明するなら?と、自問することで不明点が生じるはず


その上で、果敢に相手に質問すること

何が分かっていて、何が分かっていないのか、言葉にすることではっきりと認識できる

人間は言葉によって考える、その当たり前を徹底しよう

斜めに構えてる部分とか、天邪鬼な部分


当事者ではなく、どこか評論家的に第三者の目で見ている自分


「この人達は何も分かっていない」と思ってしまう自分


そんなときは


「じゃあ、自分はどうなの?」


という視点で問いかける必要があるなと思う


頭でっかちに何も生み出せていない人よりも


ヘタクソでも愚直にがむしゃらに懸命に生み出そうと行動している人の方が


何百倍もかっこいい


がむしゃらに動いていく、働きかける、周りを巻き込む


感動を生み出す人になるって、きっとそういうことだろう