かわぞうの小説集「官能小説・ひとりごと・etc」 -63ページ目

官能小説「夕日に隠れて」一

たそがれ時のグランド。



夕日の色に美しく染まってゆく地面を眺めながら、一塁側のベンチに腰かけ、一人、考える。



野球部の仲間はみんな帰ってしまったが、僕はまだ帰りたくない。



もうあと二時間ほど、何かをして時間をつぶしたい。



どうしたのだろう、今日に限って。我ながら己の気まぐれに戸惑う。



帰りゃいいじゃないか。いつものように、晩飯まで自分の部屋にこもっていればいいじゃないか。



いや、やっぱり、なんかイヤだ。今日は、なんとなく家族の顔を見たくない。



誰かの家に泊まりたいくらいだ。



もともと、家族とのコミュニケーションは少ないほうだと思う。父親は性格がおとなしく、無口な人だし、母親は、どういうわけか好きになれない。喋れば理由もなくムカついてくる。血のつながった実の母親なのに……そんな自分にも自己嫌悪を感じてしまう。



ふうっと溜め息をつく。



どうしようか。今は夕日が綺麗で、無人のグランドを眺めているだけでも癒されるが、もうすぐ暗くなってくる。



誰か、仲間を引き留めておけばよかったかなあ。



でも、騒ぎたい気分でもなかったしなあ。



明るい自分を演じるのも、今日は面倒だったんだ。



いつの間にか一人になっていたような気がしていたけど、本当は、自分で一人になろうとしていたんだろうな。



……。



少し冷たい風が吹いた。



もうすぐ、夜の暗闇が空を支配するだろう。



ふと、グランドを隔てた向こうから誰かが歩いてくるのを見た。



こちらに向かって、まっすぐ歩いている。



あれは…マネージャーの松倉だ。



肩までのびた黒い髪を夕方の風になびかせて、こっちの様子をうかがいながら、少し怪訝な顔をしている。



声をかければ相手に届くくらいに、二人の距離が縮まってきた。



「坂口くん、何してるの?もうとっくに帰ってたと思ってた…。」



松倉のほうが、先に声をかけてきた。



「ん…別に、なんとなく、ここにいたかったんだよ…。」



今の自分の心境を細かく説明するのは面倒だし、照れくさい。



「なんとなくって…なにそれ。なんか面白そう。」



松倉はそう言って満面に笑顔を浮かべ、歩み寄ってきて僕の隣に腰かけた。



二人の距離が近い。松倉は少しうろたえた僕の表情を、好奇の目で覗き込んだ。



いつもは、松倉にこんなに近づくことなかったし、大して意識もしてなかったけど…なんか、妙にいい匂いがする。ほんのりだけど、香水なんて、つけてたんだな……。



「今日の坂口くん、やっぱり変だよ?どうしたの?」



松倉の声にハッとして我に返った。



「ん?あ、いや……なんかいい匂いするなって…」



言ってから、自分で恥ずかしくなった。なんか言わなきゃと慌てたら、ポロリと本音が出てしまった。



顔が赤らんでいくのが、自分でわかった。



「え~いい匂いする?確かに少しだけ香水つけてるけど…これ?」



松倉はそう言って、自分の手首を僕の鼻に近づけて匂いを嗅がせた。



そう、この匂い…それと、鼻先に少しだけ松倉の体温を感じた。



胸が、少しずつ高鳴ってくる。



「ねえ坂口くん、ここにいたら体が冷えるよ。とりあえず部室に入って話しよ?」



部室?部室はグランドの向こうにある、二階建ての中の一室だ。バレー部や剣道部など、全ての部にそれぞれ一室ずつ与えられている。広さは全部、四畳ほどの狭い密室だ。



あの中に二人で入って話をする…今までそんなことは一度もなかった。いや、それどころか松倉が中に入っているところすら見たことがない。



ちょっとした用件を告げるために、ドアを開けて中のみんなに話しているところを見たことがあるだけだ。



「ね、風邪ひいちゃったら大変だよ!早く行こっ。」



「え…あ、ああ……。」



立ち上がって颯爽と歩き出した松倉のあとを、僕はオロオロしているのがバレないように、注意しながら歩き始めた。