メロン

月ではありません。
直径16センチのメロンです。
安かった(半切れ100円!)ので買ってみた。
メロン半分をスプーンですくって
一気に食べたのは初めてです。



花火

こっちも円いですが、メロンではなく
近所で打ち上げられてた花火大会の
花火です。
引越してきた時、家の窓から見えるかもとは思ってましたが、
やっぱり見えました。
こんなに近くで花火大会をやっている家に住んだのも
初めてです。


上高地1

7月のはじめに、長野県にある上高地というところに、親父を連れて旅行に行きました。




上高地とは、国の文化財にもなっている、自然がたくさんある場所で、そこからは北アルプスの山並みも眺めることが出来ます。




高地なので、標高1500メートルのところにあり、夏でも涼しいです。


池や沼があり、澄んだ川が流れていて、


絵になる自然の風景がずらりとあります。




白骨温泉と奥飛騨温泉郷というところに泊まり、露天風呂なので空とか眺めながら温泉に入りました。




その他、岐阜・高山の古くておしゃれな街並を初めて見たり、新穂高ロープウェイに乗って標高2156メートルから北アルプスを眺めたりしました。


上高地4上高地2

上高地6上高地3

上高地5上高地8

上高地7上高地10

上高地9上高地11

↓ロープウェイ標高2156メートルからの眺め。

上高地12


漢字の本

あまりにも漢字が書けない為、買った本…




昔々、小学生の頃に、忘れ物をしてきたら、廊下に正座させられて漢字の書き取りをさせられるという、とてもたのしいイベントがありましたが、あれはあんまり役にたってないみたいです。




携帯やパソコンばかり使っているからとかいう問題ではなく、


頭脳の問題…。




本は、小学生用に書かれていますが、ふつうに読み応えあります。読んでも頭に入って来ない…。


2年後くらいには、漢字の達人になっていると思いたい。


新河岸レポート-金魚草

5月8日の植物がこのように。

「金魚草」といいます。

全部、違う色になりました。

日食・土手1


金環日食。

仕事のシフト的に、十分観測が可能なことに気付き、


前日にメガネを手に入れようとするも、


手に入れられず。




しかたがないので、見ている人を見てきました。

日食を眺める



太陽、超見られてる。



土手までの道すがらも、おじさん、おばさん、いろんな人が見ていてすごかった。

UFOがやってきても同じような光景が見られるでしょうね。

日食・土手2

明るさ的にはこんな感じになりましたよね?
(モニターじゃ分かりづらい?)


北欧の白夜もこんな感じなのかな。分からないけど。


ピンホールを通した太陽

ピンホールを通して映った、欠けた太陽。


記念写真です。


新河岸レポート-勝手にふるえてろ

図書館で借りた本。





「夢を与える」くらいまでは読んでいて、この作者の作品は久しぶり。




「蹴りたい背中」もそうだったと思うけど、恋愛感情というか、恋に悩む人の内面の描写みたいなので作品は進んでいく。




ストーリーは……




好きだけど、自分に振り向く可能性を感じられない相手と、


好きじゃないけど、自分のことを好きだと言ってくれる相手と、


どちらを選ぶか、みたないな話


(なんかこう書くとすごくあっさりしてるけど…)




でもこれはものすごーくありがちで、かつものすごーく答えを出すのに苦労する話じゃないですか?




きっと作者も似たような経験をしたんじゃないかと思わせるような…




そういった難問を、すごくよく分かるエピソードや感情の流れで描きつつ、少なくともこの作品の中では答えを出している、作品です。




きっとこれを読んで、ちょっと楽になる人がけっこういるんじゃないでしょうか。




そうだとしたら、それはきっと、小説家が持っている重要な力なんでしょうね。



新河岸レポート

4月2日に植えた植物がこのようになったので、
植え替えます。

かんたんに、当たり前のように芽が出るので、
すごいと思います。
ゴォーーーーーールデン・ウイーク!!!
新河岸川。
$新河岸レポート-雨の日
雨が降って、増量中。


増量前↓
$新河岸レポート
新河岸レポート

一年前の夏の土手。


もうすぐこういう感じになるんだろうか?
新河岸レポート-小川

今日は晴れ!


時々夢を見ます。
(たぶんいつも見ている)

今日は、昔働いていた職場で面接をする夢を見た。
面接される側ではなくて、する側になっていた。
相手は一緒に働いていた誰か。
その誰かに僕は、仕事の内容(電話オペレーターのような仕事)について、驚くくらいきちんと説明をしていた。
はっきりと。

今は転職して、特別養護老人ホームという職場で働いています。
まったく違う職種。

誰しも分かると思うけれど、夢を見るのは、時々すごく懐かしい気分になることがあります。
懐かしいというよりも、もうほんの一瞬でも、時空を超えてしまったような気分。
その当時の気分が、びっくりするくらいはっきりと、身体に蘇ります。
そして、その当時に考えていたことや、感じていた気分を、再び感じることが出来る。

僕は今、二つの現実を抱えています。
かつての職場の、濃密な人間関係と。
今ほんとうに僕の手元にある、同じように濃密な人間関係。

人間関係に悩んでいるというわけではぜんぜんないのだけれど、
ただ、”今” の人間関係ではない、まったく別の人間関係的世界が、あったのだということを思い出して、
夢を見た後に、ちょっとびっくりしてしまった。
もし転職していなかったら、今の人間関係はまったくなかったわけだし、
その可能性も十分にあったなあと思う。
そしてかつての人間関係的世界で、せいいっぱい生きていたと思う。今の人間関係の中で感じているのと同じことか、もしかしたらそれ以上のことを、かつての人間関係の中で、あの人やあの人を相手に、新たに感じ続けていただろうと思う。

びっくりしませんか? そういうの。
だとしたら、なかったかもしれない世界で、かなり大きな嬉しいことも苦しいことも、実際にいろいろ感じながら悩みながら生きているってことは、無くてもよかったことなんだろうか?
それはその程度のものなんだろうか?
(違うということは分かってるんだけれども)

と、いうようなことを、懐かしい夢を見た後で、考えたり考えなかったり、

かつての人間関係と、今の人間関係では、その登場人物やキャラクターもまったく違うんですよね。当たり前ですけど。


夢って不思議ですね、という話でした。