授業は平常通り実施しています。
変更の場合はご連絡いたします。
頑張って乗り切っていきましょう。
今出来ることを精一杯やって行きましょう
三山教室は第4グループです。
薬円台教室は第2グループです。
世の中には英語なんてできなくてもいいという人がいる


自分は海外にはいかないし日本で生活するには別に英語は必要ないと思っているのだろうか


しかし現実は違う


英語を勉強する事はただ単に英語を喋れるようになるためだけとか


英語の文章を読めるようになるだけとかが目的ではない


英語の勉強を通して彼らの考え方や文化など様々な事を


知らず知らずのうちにみんなは身につけているはずだ


そしてそれこそが君たちが大人になる過程でたくさんの物を与えてくれる


これはほかの科目も同様だと思う


社会に出てからどうせ数学や理科、社会など使わないでしょって思う人もいるかもしれないけど


そんな事は決してない


君たちは歴史を知らずに今のパレスチナ問題やイラク問題を理解できる?


物事を表面だけ見て理解する(=理解した気になる)なんて事はサルでもできる


けれど表面をみただけでさらにその奥までものを考えられる人間は少ない


みんなにはしっかりと物事を奥深く考え理解できるような人間になってほしい


そうなるには今直面している高校受験や大学受験で勉強している科目も無駄じゃないはずだよ


人は人生の抽象的な意味を探し求めるべきではない

希望のない状況に直目したとしても



それでもやはり人生に意味を見つけることができるという事を決して忘れてはならない



大切な事はかけがえのない人間的な可能性に対して



その最高の状態で生き証人になることであり



それはつまり



個人の悲劇を勝利へと転換すること



個人の危機を人間としての偉大な仕事へと変えることなのである



パスツールがかつて言ったように



”幸運は準備のできた精神の持ち主にのみ訪れる”



だからきちんと準備しなさい

誰でも人生にはその人に固有のミッションがあり



それはぜひとも実現すべき具体的な課題を成し遂げることである



誰にも代わってもらうことはできないし人生をやり直すことはできない





10日間お留守しました。みんなに「おかえりなさい」と言われて、ちょっと恥ずかしかったです。
この10日間病院のベットのなかで色々と考えたけど、私はやっぱり最後まで、120%で、やって 諦めない姿勢は変えないね! …と、言うわけで、戻ってきました、本当に死ぬまで、自分の納得いくようにやっていくまでです。(死ぬと言う言葉にやけに真実味がありますが、)




前期試験を6日後に控えて



おのおの思うこともあると思う



1週間じゃ何も変わらないと思っている人もいるかもしれない



けど意外とどうにでもなる



2年前にセンター1週間まえに



センターでしか使わない地学(理科)の参考書を丸善に買いに行ったバカがいた



それでなんだかんだ92点とか取った



本当は1年間地道にやり続けるべきなんだろうけど



試験で点数さえ取れればカンニング以外ならどんな方法でも許されると思う



これから君たちは徐々に大人になっていくだろうけど



大人になればなるほど過程なんて誰も見てくれない



結果さえ出せれば普段何もしていなくてもほかの人から認められるし許される



だからこの時期からでも詰め込めるものは詰め込んで



試験で1点でも多くもぎ取れるようにしよう



今までどれだけ勉強してきたなんて誰も見てない




結果だそうぜ

勉強しているときは炎を灯せ。

ちょうどみぞおちの奥のあたりが熱くなるような感じだ。

ガスバーナーのような鋭い青い炎か、たいまつが燃えるような黄色い

炎だ。

誰かを恨む気分にも似ている。

「絶対に合格」とか

「根性」とかを 

ひたすら繰り返す気分だ。

ほかの事は何も考えない。

ただ、勉強に頑張ることだけ考え続けるのである。

何があってもずっと唱え続けているような感じだ。

そうじゃないといけないと思う。

そして、いつもいつもそのことを考え続けたい。

それが勉強だと思う。

「いつか見返してやる。」

「絶対に証明してみせる。」

とかそんな感じだ。

その炎はいつも消えない。

ずっとずっと燃料を供給し続ける。

そんな姿は高貴だと思う。

確かに、その時の視野は狭いだろう。

他のことなんかどうでもいいだろう。

それは仕方がないと思う。

だって、自分の脳のすべて、

そして細胞のすべて、

そして魂のすべてを使って勉強しているのだから…

そういう時の勉強はそういう勉強なのだ…

そういう勉強が、時には人には必要だ。

勉強の炎は決して安っぽくない。

勉強の炎は誰にでも灯せるものではない。

だからこそ、炎をともしている奴らは負けちゃあいけない。

一心に炎を灯し続けないといけない。

僕はそいつらに、魂で伝えたい。

「お前らの炎は、無敵の炎だ。」

「ゴールにつくまで絶対に消すな!」
僕は勉強しながら何度も泣いたことがある。


「どうして、僕がこんな苦しい思いをしなければならないのか?」って思ってしまうのである。


基本的にはみんなわかってると思う。


勉強は自分のためにするんだ、ってことを。


僕も、100%理解していた。


僕は会社に入ってから受験勉強したので、世の流れに逆らって受験勉強したことになる。


会社の人から見れば、「もっと仕事もやってくれ!」という気分だったろうし、当時の家族から見れば、「せっかく会社に入ってるのに、何してるの?」って気分だったろうし、とにかく僕の勉強を擁護や肯定してくれている環境がほとんどなかったのである。


でも、僕の夢はピカピカのダイヤモンドなんだから、僕はその夢を完成させたいといつも深く思っていた。


だから、自分の未来のために一生懸命に勉強した。


トイレに行くときは、血尿が出るんじゃないかとヒヤヒヤだった。


歯を磨くときに必ず吐きそうになった。


視力はどんどん下がってくる。


いつも首の付け根の後ろ辺に違和感を感じていた。


そして、何度も泣いた。


悔しくて泣いたんじゃなくて、つらくて泣いた。


誰かにやらされているのなら、その人を恨むことでストレスを昇華させることもできたのだが、恨む人が全く見当たらなかった。


僕は、ひたすらひたすらじっと耐えながら勉強した。


ダイヤモンドはダイヤモンドで磨かれる。


ダイヤモンドを磨くには、ダイヤモンドの粉が必要なのである。


そう、夢をつかむためには、夢に相当するだけの自分の熱い想いを集めて、そのひとつひとつを小さい粉にして、何度も何度も磨きをかけていくのである。


磨ける速度はきわめて遅い。


毎日の変化を見るのは到底不可能だ。


…勉強ってそんなものだと思う。


毎日毎日、自分の夢を、自分の想いで磨いてくのである。


その変化は、簡単に目で見ることはできない。


本当に、顕微鏡で見ないといけないほどの小さな変化だ。


でも、確実にピカピカに近づいていくのである。


ピカピカになりたかったら、毎日がんばれ!


とにかく、毎日コツコツがんばるのだ。


そして大人になっても繰り返せ。


大人になって、「楽しくて儲ける」みたいな寝ぼけたコピーに飛びつくんじゃないよ。


人間は必ず努力が必要だ。


僕は、そう思う。


みんな?本物になろう。


本物とは誰にでもなれるものじゃない。


毎日、毎日、コツコツがんばれた人だけが本物なんだと僕は思う。


絶対にあきらめずにがんばるんだ!


君の夢は、絶対にピカピカのダイヤモンドなんだから…


勉強が必要なすべての子供たちに…


『勉強魂の作り方』より
三山の1年生の英語の授業は

元気いっぱいである。

大きな声で発音し、間違いを恐れない!

ようやく中学生らしくなり

真剣に取り組むようになった。

次回のテストが楽しみだ!本当に!!

みんなに400点取らせてあげたい。

自信を着けてあげたい。

心からそう思う!

受験を間近に控えてみんな大変だと思う。


この時期は体調管理や願書など勉強以外の


心配事のほうが多くて精神的にも辛いと思う。



だけど、今の時期はひたすら勉強に没頭すべきである。


人間は短期記憶と長期記憶というものがあるらしい。


いままで3年間あるいはそれ以上積み上げてきたものは


いざとなったら思い出す。これが長期記憶である。


習慣とかって言い換えてもいい。



それとは別に短期記憶というものがある。


それはいわゆる一夜漬けみたいなもんかもしれない。


そんなものは?!と、言うかもしれないが、


試験に受かれば合格点の1点上でも満点でも同じである。



一夜漬けで覚えたもののおかげで


ぎりぎり合格点をとれたらもうけもんである。



だから最後の最後まで勉強することを


やめるべきではない。



昔恩師が言っていた言葉が2つある。


「継続は力なり」


努力した人が必ず成功するとは限らない、


けど成功する人間はすべからく努力している。



この言葉を心に今まで自分は勉強してきた。



真面目が勝つのが受験ではない、


だけど必ずコツコツやることは必要である。



やっぱりやるからには


負けるより勝ちたいでしょ。


勝ちに行こうぜ! みんな!