Vol.45 「任せて、信じること」 | 福祉に関わる人たちへ

福祉に関わる人たちへ

人生はどれだけ多くの気づきを経験したかで、如何様にもなるものです。誰かが言っていますよね。「人は思うようにならないと言うが、そう思っているという意味では、思い通りになっている」と。

おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。 


最近、このブログに書くことが減りつつある・・・

何故か?理由は簡単。


このブログに書きたいことがなくなっているから。



勘違いしないでほしい、

「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」 という思いは変わらないし、

これからも障害者とか健常者とか、障害特性だとか適応だとか、くだらない考え方に異議を唱え続けたいとは思う・・・



うちの職場には、いま支援者が来ることはほとんどない。もちろん最初の1日、2日は様子を聞きに来たり、
たまーに電話がくることもなくはない。



簡単にいえば、問題がないからだ。



あくまで、僕の考えだが、問題がないほど、支援者にとっては引き方が難しい・・・
障害者をただ観てるか、メモをとる(とってるふり)かくらいしかないから、いても居心地が悪い。

まあ、支援者の方が読んでいたらよくわかるはず(苦笑)・・・



僕の職場にいるみんなは、戦力だ。
本当にみんないろんな特技がある。

仕事というのは障害者がいない職場でも同じで、人に任せることがいちばん難しい。
しかし、任されるということが人はモチベーションが上がるし、成長する。

支援という言葉が存在するのなら、「任せて、信じること」
今の僕はそう思ってみんなを信じている。

*もちろん、なにかあった場合の責任は取る覚悟で。

これは、経験上、障害者も同じ(任せ方は臨機応変に)。
だから、僕の職場は主に障害者が作業をする。


僕は、ここに来る時、面接官に言ったことがある。

「みんなと同じステージで働きたい」と。


与えられた役割は、責任者・(障害者の)指導者かもしれないが、支援するとか
指導するとかいう気持ちはなかったし、同じステージで最高のパフォーマンスをお互いにしたかったからだ。


いまさらだが、僕は支援者と障害者の関係が大嫌いだ。
助言!?アドバイス!!??

僕の話じゃなくても、くすぐったくなる・・・
苦笑い状態になる・・・


まあ、そういったシステムを作り上げた日本の福祉という、根深い種があるからなのだろう。