おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。
最近、このブログに書くことが減りつつある・・・
何故か?理由は簡単。
このブログに書きたいことがなくなっているから。
勘違いしないでほしい、
「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」 という思いは変わらないし、
これからも障害者とか健常者とか、障害特性だとか適応だとか、くだらない考え方に異議を唱え続けたいとは思う・・・
うちの職場には、いま支援者が来ることはほとんどない。もちろん最初の1日、2日は様子を聞きに来たり、
たまーに電話がくることもなくはない。
簡単にいえば、問題がないからだ。
あくまで、僕の考えだが、問題がないほど、支援者にとっては引き方が難しい・・・
障害者をただ観てるか、メモをとる(とってるふり)かくらいしかないから、いても居心地が悪い。
まあ、支援者の方が読んでいたらよくわかるはず(苦笑)・・・
僕の職場にいるみんなは、戦力だ。
本当にみんないろんな特技がある。
仕事というのは障害者がいない職場でも同じで、人に任せることがいちばん難しい。
しかし、任されるということが人はモチベーションが上がるし、成長する。
支援という言葉が存在するのなら、「任せて、信じること」
今の僕はそう思ってみんなを信じている。
*もちろん、なにかあった場合の責任は取る覚悟で。
これは、経験上、障害者も同じ(任せ方は臨機応変に)。
だから、僕の職場は主に障害者が作業をする。
僕は、ここに来る時、面接官に言ったことがある。
「みんなと同じステージで働きたい」と。
与えられた役割は、責任者・(障害者の)指導者かもしれないが、支援するとか
指導するとかいう気持ちはなかったし、同じステージで最高のパフォーマンスをお互いにしたかったからだ。
いまさらだが、僕は支援者と障害者の関係が大嫌いだ。
助言!?アドバイス!!??
僕の話じゃなくても、くすぐったくなる・・・
苦笑い状態になる・・・
まあ、そういったシステムを作り上げた日本の福祉という、根深い種があるからなのだろう。