Vol.43 「特例子会社」 | 福祉に関わる人たちへ

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人生はどれだけ多くの気づきを経験したかで、如何様にもなるものです。誰かが言っていますよね。「人は思うようにならないと言うが、そう思っているという意味では、思い通りになっている」と。

おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。 


我社も障害者雇用の規模が大きくなって、特例子会社の設立となりました。

僕が、支援者だったころ・・・いや支援者と呼ばれていた頃、「特例子会社」こそ差別じゃないのか?
そう言った人がいました。

あなたはどう思うだろう?


ある意味ではその通りだと感じる・・・


ある意味ではというのは、差別って何?ってこと。
意味を調べると、
 【特定の集団や属性に属する個人に対して特別な扱いをする行為】とある。

では、特定・特別って何?となってくる。

加えて、「特例子会社」って何?


そんな堂々巡りの議論・・・


くだらない。



これらの言葉に敏感になっている人間の背景を観察しないといけない気がする。



今では、「個性」とか「オンリーワン」とかいう言葉ですら説得力に欠けてしまう・・・
そんなふうに感じるのは僕だけだろうか?



では、先述した差別って本当にしてはいけないのだろうか?
差別って悪いことなのだろうか?



言葉が独り歩きして、本当の意味すら誤ってきた人間・・・



自分が違和感を抱いた時に、そこから何に気づくかが大切。

何かに責任を押し付けて批判することほど簡単で無意味なことはない。




所詮は誰しも自分を認めてもらいたいだけなんだ・・・
じゃあ、それはどうしてか?って考えないといけない。

そして、それに気づかないと死んでも死にきれない・・・(輪廻転生ってやつ)



僕は支援者に違和感を抱いたから辞めた。
自分のことを誰も知らない地で生きたいと思ったから上京してきた。
普通や特別って言葉に違和感を持ったから今も自分の思い込みワールドを検索中。


欲望やプライド、過去の経験を信じきった自分・・・うじゃうじゃいた・・・



それを見てから僕は変わった。

景色も変わった。




「特例子会社」

会社のため?お金のため?
だとしてもいいんじゃない。
何かアクションを起こしたことが大切じゃないかな。


そこから何か新しいことに気づけるんだから・・・