今日、またひとつ、

光と闇について
新しく見えてきたことがありました。

これまで私は、

光のエネルギーと
闇のエネルギー、

というように捉えていた部分がありました。

でも今日見えてきたのは、

もっと根本的な
「フィールドの違い」

でした。

私が今日受け取った感覚では、

闇のフィールドにいる時は、
光のエネルギーを感じることができない。

光がそこに存在していない、
という意味ではなく、

そのフィールドにいる間は、
光を“感じ取ることができない”。

そんな構造でした。

だから、


感謝
喜び
感動

といったものも、

頭では
「これはありがたいことなんだ」

と情報として理解することはできても、

内側から自然に

「ありがとう」

という感覚が
湧き上がってこない。

頭では処理している。

でも、

感じてはいない。

今日、
ここがとても大きな違いなのだと
感じました。

そして、

闇のフィールドにいる人同士は、
そのフィールドの中では
とても共鳴しやすい。

だからこそ、

相手がどのくらい
その闇のフィールドに深く入っているのか、

その“濃度”のようなものも
感じ取りやすい。

さらに今日見えてきたのは、

そのエネルギーに影響を与えることで、
相手をコントロールしやすくする、

という動きもあるということでした。

そして反対に、

光のフィールドでは
全く違うことが起きる。

光のフィールドにいる人同士では、

感謝
喜び
感動

それらは、

単なる言葉ではなく
波動として伝わっていく。

誰かの喜びが伝わる。

誰かの感動が伝わる。

誰かから湧き上がった感謝が
別の人の中にも響いていく。

そして、

一人の光が
もう一人の光を弱めるのではなく、

響き合うことで
増幅していく。

今日、
紙に描いたのは
とてもシンプルな図でした。

上には、

「光のフィールド」

下には、

「闇のフィールド」

そして、

闇のフィールドにいる時には

「光は感じられない」。

光のフィールドでは、

光を感じ、
そこから感謝や喜びや感動が
自然に生まれてくる。

もしかすると、

「なぜこの人には伝わらないんだろう」

「どうして同じものを見ても、
感じ方がこれほど違うんだろう」

ということも、

単なる考え方の違いでは
なかったのかもしれません。

見ているものが違うというより、

感じることのできる
“フィールドそのもの”が違う。

今日は、
そんな光と闇の構造が
少し見えたように感じました。

そして改めて思います。

光の世界で大切なのは、

誰かを説得して
光を理解してもらうことではなく、

自分自身が
光のフィールドに在り、

そこから生まれる

喜びや
感謝や
感動を、

そのまま響かせていくこと。

光は、
コントロールするものではなく、

響き合い、
増幅していくものなのかもしれません。

またひとつ、

光の構造を
思い出したように感じています。

Amahmda愛