こんにちは✨

現在、名古屋周辺で、
『あなたの本音と繋がるアロマカウンセリング』を行なっている
心理セラピストのmaaiです♬


なので、初めましての方に
改めて「自己紹介」ということで
私がどんな人間なのか、
書かせていただきますね✨

すみません、すっごく長いです(>_<)
もし長いプロフィールは、、
という方は、「プロフィール」のページから
簡潔な方をお読みくださいね💕


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真愛  maai   ←(本名です)

私は愛知県在住、現在27歳。
心理セラピストとして
少しずつ活動中です✨


2017年の2月まで
4年間会社員をしていたのですが、
結婚といった環境の変化があったり、
やりがいを感じられない仕事をする
日々の中で、



『自分にしか出来ない仕事はないのかな?』

『もっと自由に、自分らしく生きたい!』

 『自分の理想のライフスタイルを実現したい!』

『自分のオリジナリティー、持ち味、個性、
  経験をもっと社会に生かし、人の役に立ちたい!』

という思いに嘘がつけなくなり、
そんな自分の気持ちにとことん正直になり、
転職先も決まらぬまま、会社を辞めました。



そこから今は器のお店でお仕事をしながら、
アロマを使ったカウンセリングをする活動を
少しずつしつつ、自分らしい生き方を
日々模索している訳なんですが、、


どうしてこういう経緯になったのか、
私のストーリーをまるごと
お伝えしたいと思います♫



✨生きづらい人生から楽な人生へ✨


私の今までの人生を振り返ると
何度か、転機、変化がありました。



コンプレックスまみれで
完全に閉じていた小中高時代

幼い頃は極度の人見知りで、繊細で
完全に心が閉じてた時期。

感情が薄くて、何にも関心を持てない。
極端に人目を気にしてしまう。

スポーツとか、人と話すこととか、
頭の回転とか、体が弱いとか、
出来ないことは極端に出来なくて、
万能からほど遠くて、
何かと「出来ないこと」が多い子供でした。

周りの子が普通にできることが、
『私には出来ない。。』
『私は普通じゃない?普通になれない?』
『私はどこか欠けてる?』

物心ついてから
強い劣等感を感じていたのを覚えています。


テストだけは出来たから、
いい学校に入れた。

でも私が本当に秀でてることは何だろう?

この頃は自分がどんな人間なのか、
何が好きなのか、なんて全く分からなかった。
自分」なんて無かった。

そんな私に第一の転機が訪れます。



初めての大失恋。

大好きだった人に振られて
かなりやけになりまして笑、

高校に通う意味を
全く見出せなくなりました。

失恋ぐらいでと思われるかもしれませんが、
当時の私には恋愛しか興味が無かったので
かなり死活問題!笑
 
見兼ねた母が勧めてくれた留学。


クラスの皆に挨拶をすることもなく、
(本当に申し訳なく思っています!)
頑張って入った学校も
もう辞めてもいい、
どうにでもなれと思いながら、
一応1年間休学して
ニュージーランドに留学しました🇳🇿



⭐︎心が開いたニュージーランド留学
   帰国後の高校生活⭐︎

勢いで行った留学が
自分の心を開く
大きなきっかけになりました。

とっても陽気な南アフリカ人の
ホストファミリー、 
沢山の友達(何故かほとんど香港人)
が出来ました。

言語も上手く話せない、
でも無条件に私を本当の家族のように
迎え入れてくれて
愛で包んでくれるファミリー。

何も持ってない、
言葉も拙い私を友達として
慕ってくれた友達。


何にもない私にどうしてここまで
してくれるの?と、不思議でした。

元々人とろくに話せなかった私。

でもニュージーランドに行って、
言葉は拙くても、
人と心から通じ合うことができました、


『言葉や文化が違っても、
人と心で深く繋がれる、
心からのコミュニケーションは
壁を越えるんだ✨』


それは私にとって
初めての
成功体験でした。

1年後ニュージーランドを発つ時、
ファミリーと友達が空港にお見送りに
来てくれて、
最後に、森山直太朗さんの「さくら」を
日本語で歌ってくれました。

その時、

『生きてれば、いいことあるんだなぁ』って

『言葉が中途半端でも、、
  異文化の人と、心を通わすことが
 出来るんだなぁ 』って、

一生モノの気付きをもらいました。


帰りのフライトの8時間、
ずっと泣きながら、
一生忘れられない思い出とともに、
帰国。



いつか絶対に恩返しせねば!!✨✨



帰国後、辞めようと思っていた学校に
復帰しました。


友達もほとんどいない学年でしたが、
あんなに人見知りだった私にも

社交性ができ、友達も沢山できて
残りの高校生活は楽しく過ごせました。

変な恋愛に走ってしまったり、
母が病気になって、
色々と心が不安定な時もありました。
無事完治した母の姿を見て、、
「命の大切さ」「健康の大切さ」
「命は有限である」ということが
心に刻まれたのもこの時期でした。