どうも
いよいよ、学部生ラストシーズンが始まるということで、時が経つのは早いなぁと感じています。長距離新4年の谷端です。
自分は大学院に進学予定なので、あと2年ありますけど、、、
今回はそんな3年間を振り返ろうかなと思います。
Episode1 新潟大へ
自分は、高校2年生の9月から陸上競技を始めました。なぜそんな中途半端な時期に?と思う方も多いでしょう。ですが、長くなるのでここでは書きません。
大学進学も自分がどこの大学で陸上をやりたいか。で進学先を決めました。
実を言うと、共通テスト前まで、新潟大に進学する気は全くなく、箱根駅伝予選会に出場できる大学(東京都立、埼玉とか)を目指していました。
まあ、共通テストは失敗しましたが。
そのおかげで、ここら辺の大学が無理になってしまったので、自分が行けそうな大学から陸上が強い大学を探しました。
そこで、見つけたのが新潟大学でした。
調べてから初めて知りましたが、どうやら全日本大学駅伝にも出場しているらしい。
5000mの自己ベストを見ても16分台の人が1人もいない。
当時の自分の自己ベストは5000m,16’21
そもそも入部できるのか!?
そんな不安もありましたが、タイム制限なんてあるはずもなく、無事に入部することができました。
ここから激動の大学陸上が始まります。
Episode2 覚悟の1年目
さて、始まった大学陸上ですが、とにかく走る距離が多い!
1日20kmなんて走ったこともなければ、月間200kmも走ったことがない。
しかも、ポイント練習?なんだそれは。
インターバル?PR?変化走?
高校時代は、ただ走っていただけに等しいので、まず陸上競技とはどんなものか。というのを学びました。
先輩は全員とんでもなく早いし、同期にも高校ベスト15分台が3人もいる。
このままじゃ、4年間ないしは6年間何もできずに終わってしまう!
そこで、今は亡き(別に死んでない)当時3年生の先輩にいろいろ陸上の話を聞きに行きました。
そこで、自分の陸上の軸となる陸上に時間をかける話を聞き、ここから大学陸上の覚悟が変わります。
どちらにしろ、まず自分には、この練習を耐えぬくだけの土台が足りない。1年目は対校戦なんて当然無理だから、部内で1番走ろう。
ということで、基本的に月間600kmを目安に走り始めます。
ポイント練習は基本的に1番下(Dチーム)の3:20のインターバル、3:40のPRでしたが、秋には念願の15分台も達成。
対校戦は当然ひとつも出場できず、12月,1月は貧血に苦しみましたが、2年目に備えて着実に土台は大きくなったと思います。
Episode3 頂点と転落の2年目
2年目は急成長から始まりました。PRはC、Bチームをすっ飛ばして、Aチーム(3:25)で安定。インターバルもCチームをすっ飛ばしてBチーム(3:10)で安定。Aチームでも全然できるレベルまで一気に伸びました。
当時は他の選手が調子悪かったのもあるかもしれませんが、練習内容でみればチームトップレベル。というか、ほぼトップ。
10000mの自己ベストも16000PRで更新などなど、今現在も含めて陸上人生で1番早かった(強かった)です。
当時の練習を今も超えることができません。
こんな好調なので、当然、北信越IC10000mに出走。31分台を出して5位入賞。
初めて、陸上競技で賞状をもらうことができました。
予選会も確定枠を頂き、3組目で出走が決定。
ですが、ここから雲行きが怪しくなります。
北信越IC以降、徐々に調子を落とします。予選会TTは完走できませんでしたし、ポイント練でも垂れることが増えてきました。
予選会前は本当に調子が悪かったですが、執念で6000m粘り切り、32分36で何とかゴール。個人16位。部内6番手。ゴール後は医務室送りにされました
3組目では物足りない走りで、非常に悔しかったです。
その悔しさから、医務室送りにされたにも関わらず、大した休養も取らず練習を再開。
ここから歯車が狂いはじめます。
最初はポイント練習がろくにできなくなりました。その焦りから、精神的に余裕もなくなり、5分半のjogにもついていけなくなります。
精神も完全に病んでしまい、休もうにも休めず、走っている時間以外は、何のやる気も起きずひたすら寝ている状態。
大好きなゲームのやる気も起きず、ただ寝てるだけ。部活がない日は何も食べず、1日寝てるだけの日もありました。
さすがにここまでくると、部活もお休みしました。
原因はオーバートレーニング症候群。
結局これのせいで7〜10月はほとんど練習することができず、全日本の部内選考レースも散々な結果となり、全日本大学駅伝を走ることはできませんでした。
ですが、11月以降練習も積むことができ、徐々に復調していきます。
Episode4 停滞の3年目
3年目ですが、学生ハーフからスタートします。(3月にあるけど実質3年生)
結果は68分24秒と好走、2週間後の10000mを後半5000mを単独で15分36で走り切り、31分35秒でゴール。
今年も北信越IC,10000mの部内選考を勝ち抜きます。
しかし、北信越ICでは、後半ペースが上がらず、信州大に1,2,3を許し、自分は5着。
何とも不甲斐ない結果でした。
予選会は、今シーズンの好調さを評価され、確定枠を頂き、3組目での出走が確定。
執行学年、2年連続の3組目、北信越ICの結果、なにより去年の不甲斐ない結果を巻き返そうと、慎重に練習を進めたこともあり、絶好調で予選会を迎えます。
結果は32分16秒で個人10位。部内3番手と十分チームの勝ちに貢献できる走りができたかなと思います。あわよくば、個人8番以内で出雲駅伝出場も目指していましたが、そう現実は甘くなく、、、(この年も医務室送り)
今年こそは全日本に出走すべく、去年の反省を生かして、練習を再開しましたが、案の定、調子はめちゃくちゃ悪い。
インターバルは3分25、PRは3分45で限界でしたが、去年はインターバルで4分とかかかっていたので、そこまで悪くはない。
なにより、精神状態として、そこまで焦りがなかったし、自分の状態に合わせた練習ができていたと思います。
夏が終わって、走り込めるようになってから、しっかりと走り込み。週3回ポイントをする週や、3部練の日もありました。
日曜日の休養日も走るようになり、9月は質の高い月間700km。
自信を持って、全日本の部内選考レースに向かいました。
レース前から、ここまでの過程に本当に自信があったので、まったく負ける気がせず、無事に勝ち抜くことができました。この大会で5000mも14分台に突入します。
全日本は7区を走らせていただきましたが、全国の舞台ではまったく歯が立たず、見ていた世界の違いに打ちのめされました。
この1年間はタイムがほとんど伸びず、練習内容、意識も去年、一昨年以下だったように思います。
その結果、同期、後輩には追いつかれ追い越され、早かった2年生の見る影も無くなりました。
オーバートレーニング症候群になった恐怖からか、攻めた練習をせず、というかむしろ楽な練習に逃げていたように思います。
Prologue
これはあえて、Prologueって書いてるんで、誤字じゃないですよ。
さて、いよいよ今年で4年目です。
学部生としては今年で最後。
同期のほとんども今年で卒業ということで、一緒に陸上をするのも今年が最後です。
今年の1番の目標は同期の渡邊真大に勝つこと。
唯一、同期で一度も5000,10000のベストが上回ったことがないです。直接対決も、唯一負け越してると思います。
この目標に向かって努力することが、結果的にチームのためになると思っています。
本当に今年は覚悟が違います。
年末に疲労骨折してしまいましたが、2月からは、練習量、質ともに今までよりも、かなりの高水準で積むことができています。
去年の全日本以降、今の練習サイクルがなかなか回せていませんでしたが、ようやく回せるようになってきました。
これでダメだったら、しょうがないと心の底から思えると思います。
今回も自分語りになってしまいましたが、許してください。
新潟大学に合格して、このブログに辿り着いたみなさんは、おそらく陸上部に興味があるのでしょう(たぶん)
この部活は、このブログからも分かるように、正直言って、辛いことが多いです。メンタルが病むことも多いと思います。
ですが、競技力の向上は保証されてますし、陸上をちゃんとやりたい人にとっては素晴らしい環境だと思います。
1人1人の練習の意識がおそらく、高校のときとは比較にならないくらい高いと思います。
大学で関係の深い友達を作るのは難しいです。(授業の時しか学校に行かないからね)
ですが、週9回集合があり、辛い練習も一緒にするので、仲のいい友達もできます。
先輩、後輩の関係でも非常に仲がいいですし、後輩にタメ語を使われるくらいには仲がいいです。普通にご飯も食べにいきますし、遊びにもいきます。
友達作りに来たら、いつのまにか陸上の沼に溺れてた。なんてこともあります。(某渡邊真大)
新入生の皆さんの入部を本当に!心の底から!お待ちしております!
僕はあと2年いるので、入部したら是非仲良くしてね!!!!!!