真の平定 | クリスチャンとして死ぬこと

クリスチャンとして死ぬこと

検索できない本当の信仰話をあなたの元に・・・・MAR.2011

ヨシ
「12:1 ヨルダンの川向こう、日の昇る方で、アルノン川からヘルモン山までの全東アラバにおいて、イスラエルの子らが討ち、占領した地の王たちは次のとおりである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12:24 ・・・全部で三十一人の王である。」

 

カナンの地には31人の王がいた。

そのことから分かるように、

当時カナンは、

まだ統治されていなかった山あり谷ありの無法地帯であった。

しかし、

ようやく平定された。

 

だが、

平定は、肉における平定であって、

いわゆる霊的な意味においては、

これから多くの不信仰が、

ウイルスのようにイスラエルの民に発生していく。

 

かつて、若き日のマサキチとは、まさに平定前の状態であって、

31人の王を敵に回した日々を過ごしていた。

でも、よく眠れた。

今は、

ある意味、平定された地に住まわせてもらっている。

しかし、ここ三四日、全く眠れん。

何故、眠れないのだろうか。

やはり、無意識ではあるが、

ストレスを感じている。

病院でも、

脈が速いことは指摘され続けている。

 

マサキチは、寝ているときの方が、ストレスが大きい、

何故なら、寝ているときは、夢うつつの状態ではあっても、

神様から多くの問題を指摘されるからだ。

真剣に考えさせられてきた。

 

マサキチが、今、祈らなければならないことは、

マサキチにとっての聖化の実体験として、

日々、マサキチを緊張させている。

 

全ては、愛する人々のために、

マサキチは、何ができるかである。

今、愛する姉妹兄弟のためにできることは、

マサキチ自身が祈り、聖化を歩む道でしかない。

 

どうしたら、彼女彼らは、自分自身の古き自我から解放されて、

神の新しい愛の中で、安んじて生活することができるのだろうか。

どうしたら、やせ細った足で何とか動いている親父のために祈れるのだろうか。

母に洗礼を授けたい・・・。

どうしたら、平定された地に、

本当の霊的平安が与えられるだろうか。

マサキチがもつ霊性を、神の愛を、

どうしたら、みんなして共有できるのだろうか。

 

そんなこんなで、最近不眠が続いています。

しかし、男マサキチ、今日も戦いに出陣です。

男じゃない、弱っちいマサキチ状態が続いている。

弱っちいマサキチ自身です。

 

霊性の平定までは、遠い道のりです。

 

いってきます=