J.S.バッハの音律がヴェルクマイスター第3番である根拠 | 音楽家SHINオフィシャルブログ『Timeless Music』

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今回は、J.S.バッハ『平均律クラヴィーア曲集』についてです



専門的な内容なので、音楽の専門家じゃないと付いて来れないと思います



以前に何度も、バッハが採用していた音律が平均律ではなく
ヴェルクマイスター第3番などのウェル・テンペラメント系音律で
この作品の邦題の『平均律』は変えるか外すかするべきだと言って来ました



バッハの音律が平均律ではないことは、以前から見ればかなり浸透しました



ヴェルクマイスター第3番の説が多く、俺もそうですが
他の人の説明で、納得のいく説明を見たことがありません



バッハがヴェルクマイスターの著作を読み(調律関連の本は1691年出版)
思想や理論に共鳴して彼の音律を試し、気に入ったから採用した
ぐらいに思っている人も多いです



高名な学者、評論家、教授などでさえ、その理由を詳しく説明出来ない人ばかりです



俺が、初期の作品を除き

『バッハが音律をヴェルクマイスター第3番を念頭に置いて作曲していた』

と思うのには根拠があります



結論から言うと、『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』の第24番ロ短調に表れているからです



『平均律クラヴィーア曲集』は2巻あり、第1巻は集中して作曲したもので
第2巻は曲によって作曲した時期がバラバラです



教育目的で作曲したこの作品は、やはり第1巻にバッハの基本的なスタンスが示されていると思います



第2巻は、第1巻の補足や応用という位置付けでしょう



その第1巻ですが、各曲のタイム表記を見て何か気付かないでしょうか?



そう、第24番だけやたら規模が大きいんです



第8番もかなり長めで、プレリュードとフーガを合わせて11分ぐらいありますが
それよりも遥かに長く、15分以上です



短い曲が2分程度で、5、6分以内の曲が大半なので、かなり目立ちます



ちなみに、2巻の方は、10分以上になるような曲はありません



バッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』の
『パルティータ第2番 シャコンヌ』も、その曲だけ長く
最終曲のシャコンヌがクライマックスであることを示しています



ヴァイオリンの調律は、低い方のG線から

『G(ソ)ーD(レ)ーA(ラ)ーE(ミ)』

と合わせて行きます



その為、弦楽器のみの編成や弦楽器を活かした楽曲では
開放弦に構成音が多く含まれる、二調、ト調、イ調はよく使われます



ヴァイオリンをしっかりやって来た人なら、それらの調が弾きやすく
響きも美しいことは知っているでしょう



バッハはヴァイオリンも弾けたので、ヴァイオリンの構造をよく知っていました



なので、バッハがヴァイオリンの大作を作曲しようと思った際
二短調を選んだのは必然で、響きや弾きやすさを考慮した結果です



ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン等の古典派時代は
最も重要な金管楽器がEs管ナチュラル・ホルンで、響きと吹きやすさの面から、
短調では、ハ短調がよく使われました



このように、当時は、楽器の仕様や音律の特性に沿って作曲するケースが多かったのです



その路線で解釈すると、バッハは、無伴奏ヴァイオリン曲のシャコンヌの二短調と同様に
『平均律クラヴィーア曲集 第1巻』では、ロ短調を重要視していたことになります



単にハ長調から順番に進めてロ短調が最後になり

「締めの曲だし、ちょっと気合い入れて書こっかな」

と思ったのではありません



バッハに詳しい人なら、バッハが楽曲の構成や構造を
気分任せではなく、論理的に配置していることはご存じでしょう



なぜロ短調を重要視したのかというと、

『ヴェルクマイスター第3番のH(シ)音が浮いた存在』

だからです



他の音と組み合わせると、ミーン・トーンやピタゴラス音律からも大きく外れていて
よく言えば独自の存在感を放っている、悪く言えばズレている感じです



ヴェルクマイスター第3番は、調性が♯系の時は和声的な性格になり
♭系の2つめ以降は、ピタゴラス音律寄りの旋律的な性格になります



俺の楽曲の音律は、ヴェルクマイスター第3番ベースで
H(シ)音を少し下げたものです



17~18分の1音程度の差ですが、そうすることで
H(シ)音が他の音との違和感が無くなり、質感が変わります



詳しく言うと、オリジナルのピタゴラス音律が使える数と純正の長3度が一つ増えます



そのように、俺は17~18分の1の違いにこだわっているぐらいなので
オリジナルのヴェルクマイスター第3番の特性もよく解ります



バッハの作風は、耳のいい人の作品だなと解る構造をしています



だから、H(シ)音に違和感を覚えたはずです



でもバッハは、俺のように改良することで解決させるのではなく
歪なH(シ)を歪なままで活かす方向で解決させました



それは、逆に言えば

『H(シ)音が目立つ存在じゃなかったら、ロ短調だけ大規模な作品にして目立たせることはしなかった』

ということではないでしょうか?



他の音律は、純正律やミーン・トーンでは、ヴォルフ(うなり)が生じて
24の全ての調性には対応出来ません



改良型のミーン・トーンや、キルンベルガー等の、ヴェルクマイスター第3番以外のウェル・テンペラメント系音律だと
全ての調で弾けるものの、H(シ)音だけが特別目立つということもありません



そして、『平均律クラヴィーア曲集』は教育目的で作曲された為
音律は普段作曲する際に念頭に置いているものにするはず



以上のことから

『バッハの音律はヴェルクマイスター第3番』

という結論に達しました



あくまでも俺個人の考えであり、信頼出来る文献等から多数その記述があったというものではないので
正否は自分で判断して下さい