shin-1さんの日記
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shin-1さんの日記

〇くっきりと潮目が見えました

 ここ数日大雨警報や避難勧告が出るなど、私たちの町も大きな不安に見舞われました。町内の川という川は茶色く濁った水が満水状態で、一部は氾濫してゴミや流木などとともに田畑に流れ込みました。

 

(海の水と真水がせめぎあいする潮目が綺麗に見えました)

 

 上流で降った雨は川から海へと流れて行きますが、その折大量の土砂が流れ出て、河口付近は干潟のようになっていました。私たちの町の東側には重信川、西には肱川という大きな一級河川がありますが、この川から海に流れ出た大量の雨水は、当分の間塩水と混じることなく漂流物とともに漂うのです。

 

 人間牧場のような少し高い所からその様子を見ると一目瞭然で、潮目と呼ばれる珍しい現象を一昨日、はっきりと目視することができます。潮目は潮の干満に合わせて当分の間西に東に移動しますが、海が飲み込んだ雨水も漂流物も土砂も、やがて自然の営みで、一見何事もなかったような元の姿に戻るのですから自然の力は凄いです。

 

「大量に 降った雨水 海に出る 真水海水 せめぎ合いつつ」

「両方の 一級河川 流れ出た 雨水漂い 西に東に」

「沖合に 潮目くっきり 見えました その内消えて 元に戻るが」

「海の中 金子みすゞの 世界かも 凡人私 知る由もなし」

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〇墨絵のような光景

 私は幸せなことに風光明媚な瀬戸内海という、類まれな美しい海に面した町に暮らしています。またその景色に惚れ込み、標高130mの高台に人間牧場を造って、オーシャンビューを自慢したりしながら楽しんでいます。

 

 一昨日は私たちの町も大雨警報が出て、かなり激しい雨が降りました。2年前西日本豪雨に見舞われ、後遺症も癒えていないので、上灘川が溢れて氾濫した時には、大きな被害の出ている九州地方の様子がニュースで流れている最中だったので、正直言ってかなり心配をしました。

 

 幸いわが家では大した被害もありませんでしたが、昨日は雨も上がり時折日も差す小康状態になったので、人間牧場の様子を見に出かけました。下浜トンネルを抜ける道の下の池の窪川は、満水状態で大きな音を立てて流れていました。

(青島と周防大島)

(由利島、二神島などの忽那七島)

(興居島、釣島)

 

 人間牧場も今のところ被害もなく安堵しましたが、雨上がりの濁った雨水で薄められた眼下の海は、いつもと違う色景色で、沖合に見える青島、周防大島、忽那七島、釣島、興居島などは、まるで雪舟の墨絵を見ているようで、雨上がりゆえよりくっきりと見え、「綺麗だなあ」と思いました。

 

 1年365日、季節の彩りを添えて違う表情を見せるこの景色は、私の宝物とでもいうべき自慢です。時には傷心の心を癒され、またある時は生きる勇気を貰っています。5年前の7月11日に亡くなった親父はこの海で漁師として生き、96年の生涯を閉じました。間もなく明後日命日を迎えます。

 

「雨や風 度々表情 変える海 子どもの頃から 見ながら暮らす」

「警報が 出るほど降った 大雨で 濁った海も 味ある光景」

「雪舟の 墨絵見ている ような海 島々くっきり 一人楽しむ」

「5年前 死んだ親父の 命日が 迫ると何故か 妙にソワソワ」

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〇7月7日は永六輔さんの命日

 昨日7月7日は2016年に亡くなった永六輔さんの命日です。NHKのテレビ番組に一緒に出演したご縁で2001年5月23日、私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループが、10年間で40回を目指して開いたフロンティア塾の、40回目の講師として招聘するなど、様々な心温まる出会いを重ねた人だけに、懐かしさも一入です。

 

(一緒に出演した夕焼け紀行というNHKテレビ番組}

(ロケにやって来た永六輔さんとシーサイドの夕日を見ました)

(私のお宝である永六輔さんから貰ったハガキ)

 

 永六輔さんをフロンティア塾へ呼ぶため私は、毎月1枚のハガキを永六輔さんに5年間も出し続けました。永六輔さんもまた律儀に私にハガキを書いてくれましたが、毎年この日に亡くなって届くはずもないのに、天国にいる永六輔さんの命日に忘れることなく、毎年一枚のハガキを書いています。他愛のないことながら今年も昨日書きました。

 

 偶然でしょうか昨日、松山市中島町神浦に住む親友の金本房夫さんから、一通のハガキが届きました。金本さんは学校の元校長先生であり合併前中島町の最後の教育長ですが、今は全ての公職を辞し島で暮らしていて、時折文通や出会いを重ねています。金本さんのハガキに永六輔さんのことが書かれていました。

 

 「いきているということは、誰かに借りをつくること。生きているということは、誰かにその借りを返してゆくこと。誰かに借りたら誰かに返そう。だれかにそうして貰ったら、誰かにそうしてあげよう。」とは永六輔さんの言葉です。沢山のことを教えていただいた永六輔さんに私は、恩返しのつもりでこれからも借りを返し続けたいと思っています。

 

「永さんと テレビ共演 ご縁でき ハガキやり取り 5年も続けて」

「律儀にも ハガキを書いて くれた人 投げ銭講演 忘れられない」

「七夕が 命日昨日 永さんに ハガキを書いて 自分納得」

「借りたなら 借りを返せと 言っていた これから先も 拳々服膺」 

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〇九州の大雨

  九州南部では熊本を中心に大雨が降り、各地で川が氾濫し、49人が死亡、11人が行方不明になったほか、特別養護老人ホーム千寿園が濁流にのみ込まれ、14人の高齢者が亡くなりました。その雨も一時小休止したものの、今度は南部に続いて九州北部に移り、福岡・佐賀・長崎に大雨特別警報が出て、130万人に避難勧告が出ています。

 

 

 忌まわしい2年前の西日本豪雨による被災と、時を同じくしているだけに、昨晩は被災しないかビクビクしながら雨音を聞き、眠れない夜を過ごしました。わが家は裏山が迫る危険個所なので、数日前に平鍬を持って裏山農道に登り、水切りと称して水路の砂利やゴミを取り除いたりしていたので、幾分気が休んでいますが、これまでにも2度土砂崩れを経験しているので気が気ではありません。

 

 今朝も夜が明けましたが、窓越しに見える外は相変わらず雨が降り続いていて、そろそろ外に出て家の周辺を見回りたいと思っています。このところ日本各地では、毎年のように雨や地震など自然災害に見舞われ、甚大な被害に見舞われています。コロナの影響で避難所に行くのをためらう人もいたり、避難所も3蜜を避けなければならず、梅雨の末期のこの時期は、何かと気を揉む日々が続きます。まず命を守らねば・・・。

 

「二年前 同じ頃に 被災した 西日本豪雨 悪夢脳裏に」

「今年は 九州地方が 被災して 甚大被害 心が痛む」

「コロナ禍で 避難所ためらう 人もいる まずは命を 守る第一」

「わが家でも 数日前から 備えして いるけど不安 つのる毎日」

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〇東峰スイカ

 夏の食べ物と言って思い出すのはやはりスイカです。双海町には「東峰山スイカ」というブランド名のスイカの名産地があって、毎年この時期になると国道56号線沿いに露店が並びます。今は合併して伊予市になったので、どおってことはありませんが、ここら辺を中山町だと思っている人もかなりいるようですが、東峰はれっきとした双海町なのです。

 

 「夏はスイカで生きている」と妻が呆れるほど、私はスイカの大好きで、毎年この時期になると、妻は民生児童委員をしていた頃、一緒に活動してすっかりお友だちになっている、スイカ農家の赤尾さんのお店を訪ね、まとめ買いして帰るのです。前日赤尾さんと連絡を取り合っていた妻と、昨日は松山へ所用で出かけるついでに、山道を迂回して大栄経由でスイカを買いに出かけました。

 

 私は家庭菜園でスイカを作っていますが、食べられるようになるのにはまだまだ少々時間がかかりますが、赤尾さんのお店の店頭には、既に見事なスイカが目移りする程山のように並べられて、流石だと感心しました。冷蔵庫で冷やしたスイカを、味見させてもらいましたが、抜群に美味しい味でした。早速子どもたちの家に配るスイカを4個買い求め、2個もお土産にいただき意気揚々と引き揚げました。

 

 子どもたちに配った後帰宅し、大きなスイカを半分に切り分け、半分は若嫁にお裾分けしましたが、昨晩は食後のデザートは勿論スイカで、スイカに目のない私にとっては至福の時でした。これから暫らくの間は食卓にスイカが並びますが、わが家のスイカ畑のスイカも、沢山の実をつけているようなので楽しみです。

 

「東峰 ブランド名は 山スイカ 妻と二人で 買いに出かける」

「高速の スマートインター すぐ近く 国道沿いに 露店幟が」

「味見する さすが産地と 納得し 4個も買って 配って回る」

「妻の弁 夏はスイカで 生きている 今年もスイカ これから楽しみ」

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〇スマホを置き忘れ家宅捜索

 昨日の朝、自分のスマホが一時行方不明となりました。前日の夕方の自分の行動記憶を辿ったり、妻や若嫁の携帯で私の電話番号を呼び出したりして、着信音を頼りに探しましたが結局見つかりませんでした。

 

(やっと見つかった愛用のスマホ)

 

 忙しい朝の時間帯にもかかわらず、休みだった息子も加わって、車の座席横や来客のために使っているゲストハウス煙会所など、思い当たる足取りを、折から降り出した雨の中探していると、息子が外のミニハウス付近の電気コードリールを利用した屋外机の上で、雨に濡れているスマホを見つけてくれました。

 

 そういえば来客にミニハウスを案内した折、若嫁が来客のためお茶を出してくれ、立ち話に花を咲かせ、かかって来た電話対応をしたまま置き忘れたようでした。その日から一昼夜、雨の降る中で戸外にあったらしく、水没の可能性もあり、見つかったものの「水没」という言葉が頭をよぎり、一瞬顔がこわばりました。

 

 私はこれまでにも、ガラケーで2回(1回は海に落として、もう1回は洗濯機に入れて)携帯電話を水没させ、登録していた電話番号を全て失った苦い経験があるのです。幸い妻が手縫いしてくれた厚手の防護袋に入れていたお陰で水没を免れ、ゆっくり乾燥させて使うことができるようになりました。デジタル機器は水に弱いので、またいい歳をして置き忘れたことを深く反省しきりでした。

 

「はてどこに? スマホ手元に 見当たらず 家族総出で 捜索開始」

「着信音 なっていないか 見見澄ます 記憶頼りに あらゆる場所を」

「外にある テーブルの上 置き忘れ 雨に打たれて やっと見つかる」

「水没か!! 一瞬顔が こわばった 何事もなく ホッと一息」

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〇今年の夕焼けプラットホームコンサート

 昨日facebookを見ていたら、今年の夕焼けコンサートは新型コロナウイルスの感染を防ぐため、9月5日に無観客で開催し、その模様を動画で無料配信するというニュースが、伊予市観光協会から流れていました。

 

 

 35年前、多くの反対を押し切り、JR下灘駅のプラットホームで私が始めた、名もなき小さなコンサートでしたが、その後多くの人の想いに支えられ、その間台風や大雨などで一度だけ中止を余儀なくされたものの、35年間もよくぞここまで続けてもらったものだと、改めて感謝しています。

 

 プラットホームコンサートに関する思い出は、始めたこと、続けtこと、高めたことなどなど、物語になる程数限りなくありますが、記憶にある間に私しか知り得ない誕生秘話でも書いておこうかと思っています。無観客開催ながら途切れることがなくなりひとまず安心、そして参加できないのが少し残念って感じのニュースでした。とりあえず長年コンサートを愛し続けてくれている知人や友人の耳に入れておきます。無料動画配信を楽しみにしていて下さい。

 

「二日前 facebookで 知りました 今年はコロナ 仕方がないか」

「半分は 続く安心 半分は 少し残念 無観客開催」

「配信の 動画楽しみ 2ヶ月後 どんな反響 あるのだろうか」

「覚えてる 今の間に 誕生の 秘話でも書いて 遺しておこう」

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〇人間牧場のアジサイ剪定

 数年かけコツコツと挿し木から育てた苗木を、人間牧場ウッドデッキ下の斜面に植えて10年近くになりました。今では背の高さほどにもなって、毎年綺麗な花を楽しませてくれています。

 

 元々は無意味な雑草の草刈りを、したくないため植えたのですが、草が生えなくなったものの、アジサイの手入れは大変で、特に花が終わるこの時期は、剪定作業をしなければならず、特に暑い時期ゆえ今では少し重荷の感じがしています。

 

(ビフォー・アジサイの名残花)

(アフター・剪定後のすっきりしたアジサイ園)

 

 人間牧場は標高130mのため、平地より花が長持ちするので、まだ花は十分に楽しむことができ、切り取るのは惜しい感じがしましたが、週間天気予報によると、これから1週間は雨や曇りの日が多く、剪定作業ができないようなので、名残花を存分に目と写真に焼き付けました。

 

 それでも来年のことを考えるとそうも言っておられず、梅雨の晴れ間の昨日は、朝から人間牧場へ出かけ、一人剪定ハサミで剪定作業に汗を流しました。斜面での慣れない作業ゆえ疲れましたが、何とかお昼を挟んで2時半過ぎにすべての剪定を終え、すっきりしました。

 

 これまでは花柄を取る程度でしたが、今年は大きくなったので思い切って強剪定をしました。剪定をしているとアジサイの茂みに野鳥の巣が3つもありました。既に卵やひな鳥の姿はありませんでしたが、新芽が吹いて茂みが出来たらまた野鳥が、巣作りに励むことでしょう。

 

「剪定の 前に花見と 撮影を 堪能するまで 目に焼き付けて」 

「惜しい気も するけどアジサイ 剪定を 来年のため 一人黙々」

「約4時間 剪定ハサミ 使ったが 腱鞘炎にも ならず何とか」

「剪定を 終えたアジサイ スッキリと 夏の終わりにゃ 緑復活」

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〇梅雨の夕日

 昨日の夕方、たまたま外庭にいた妻が、「おとうさ~ん、綺麗な夕日だよ。早く外に出て来て!!」と、居間に座ってテレビを観ていた私を呼んでくれました。早速外に出ると、目の前の町のシンボル本尊山が夕日で赤く染まっていました。

 

 

 急いで裏の高台に登り、海に沈む綺麗な夕日を見ることができました。梅雨のこの時期は、夕日を見たくても中々見れないため、久し振りに夕日を見ながら「幸せだな~」と、実感しました。夕日を見ているとポケットに忍ばせていた携帯電話の着信音が鳴りだしました。

 

 「今夕日を見てる最中なのに」と思いましたが、電話を取るといきなり、「若松さん、○○です。今双海町の海岸国道378号を松山に向かって走っていますが、綺麗な夕日が見えたので、高野川海岸の路側帯に車を止めて若松さん自慢の夕日を見ています。綺麗ですね~」でした。「実は私も同じ夕日を自宅から見ています。」でした。

 

 デジカメや一眼レフではなく、タブレット内蔵のカメラだったため、良い写真は撮れませんでしたが、今日ブログで友人のデカムラさんが高野川辺りから撮った写真をアップしていました。デカムラさんもまた綺麗な夕日に酔いしれたようでした。

 

「外庭で 妻呼ぶ声に 促され 綺麗な夕日 見ることできた」

「友人も 綺麗な夕日を 見ていると まるで実況 中継のよう」

「梅雨ゆえに 綺麗な夕日 見れなくて 心モヤモヤ これでスッキリ」

「私には 夕日何より ご馳走だ 明日を元気に 迎えられそう」 

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〇ツバメの巣立ち

 わが家の車庫の蛍光灯の庇に巣を作って、ツバメが子育てをしていましたが、卵からかえった雛鳥4羽は先週の土曜日、無事元気に巣立ちました。ツバメはスズメやメジロ、ヒヨなどとともに、私たち人間に身近な、どこででもみられる野鳥ですが、意外とその生態は知られていないようです。

 

 

 ツバメは一体どこから渡って来るのか?、とか、ツバメは何故、人家や人の出入りの多い所に巣を作り、樹木や草地に作らないのか?とか、私の知らないことが余りにも多い鳥なのです。春から夏にかけて日本で過ごすツバメは、9月中旬になって気温が下がり、肉食故餌となる昆虫が少なくなると日本を後にして台湾やフィリッピン、マレー半島、遠くはオーストラリアまで、3000~5000㎞も離れた南の国へ移動します。そのスピードは時速45~50㎞で、途中休みながら一日で最長300㎞も移動するそうです。

 

 この過酷な生活を続けるため、脳の半分だけを眠らせ、周囲に気を配って飛び続けることができる渡り鳥が身につけた半球睡眠と呼ばれる能力が備わっています。ツバメが人目につきやすい所で営巣するのは、巣や卵や雛を、他の鳥の攻撃や蛇などから守るためで、人間をガードマン代りに利用しているためのようです。まあそんなこんなです。巣の下に私の愛車を置いていますが、営巣の土や糞を車のボンネット上に落とし続け、糞害に憤慨していましたが、これでやっと、車の洗車をしなくて済むようになりました。何はともあれホッとしています。

 

「車庫天井 ツバメ巣作り 子育てを していたけれど 無事に巣立って」

「何故だろう ツバメのことは 謎だらけ 親鳥聞いても 教えてくれず」

「わが愛車 ツバメの糞で 大汚れ 外出の度 洗車余儀なく」

「ひな4羽 無事に巣立って 今空き家 どこでどうして 

                             暮らしているのか?」 

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