blogを書かなくなったのも、言ってみればその闇のなせる業でした。
コメントは頂けなくても毎度40人以上の方々が読んでくださったり、
ネットの関係でも深い間柄を築かせて頂いた方々がいらしたのに、
僕の身勝手なその時の想いに流されて関係をないモノとしようとした事、
深く反省しております。
僕の心は弱く、憤りや痛みや悲しみなどの悪魔の囁きにすぐにゆれ惑ってしまうせいで、
浅はかな一時的な想いでつっぱしってしまい、多くの方々を傷つける結果になってしまった事。
反省しております。
以前にスナフキンさんという方が幾度となくコメントをくださいました。
そのコメントに僕は憤慨し、数々の罵倒を浴びせかけようとしましたが思い留まり、
怒りを怒りのまま吐き出す事なく過ぎた事がありました。
彼は僕のためを思って叱咤激励して下さったことは十分承知でした。
今思い起こせば、彼の発言に愛すら感じます。
しかし、その時は自分のプライドを傷つけられた想いで憤慨したのです。
blogのサブタイトルのように、
僕は僕の発言に対する多くの言葉を受け入れられるつもりでいました。
しかし、実際はまるで逆の態度ばかり。
今の僕にはそんな気概も器もなく、サブタイトルは実現できない願望の塊のままです。
この所、そんな怒りやら悲しみやらで多くの間違いをしてきました。
叱咤から自分の存在価値がわからなくなって、自分で自分の腹にナイフを突き立ててみたり、
うねりの残る夜の海に身を投じて命亡き者としようと神を試したり、
はたまた自分の虚構に身を任せてアリもしないゴタクを並べて粋がってみたり、
全て自分の心の弱さから来る浅はかな行動でした。
今一度思い返すと、なんて浅はかな行動をとったんだろうとはずかしくなります。
多くの方々から頂いた数々の言葉は神からの暗黙のメッセージだったような気がします。
「おまえはまだそんな所で彷徨っているのか。まだそんなもんか。」
自分の本質がみえていないからです。
そして多くの温かい言葉や愛をないがしろにしていました。
僕の本名は「慎平」。父が聖書の一節からつけてくれた名前です。
慎みをもって平たい心を持てる人になれとそんなような意味でつけてくれたのにも関わらず、
今の僕ときたら自分の思い上がりも甚だしく、多くの人達の親切も愛情も付き返すような
失礼際周りない行動ばかりです。
自分の心の闇が世界一だと嘆いた事すらありました。
しかし、人の心の闇の度合いは比べられるモノではありません。
それぞれが色んな事情の元、言われもない苦しみに負われているのです。
それに優劣をつけようとした僕がそもそもの間違いでした。
悪魔に心をもっていかれるとこうなるのです。
真の自分に立ち返るには、まだまだ時間を要する気がします。
今僕ができる事といえば、真っ暗闇の夜の海岸の堤防で仰向けになって空をみつめ続ける事くらい。
その時の自分こそ迷える子羊で、それに打ち勝つ事ができなければ、
人にモノ申す事ができるような存在には成りえません。
今は自分の闇を克服するべく、悪魔の囁きに耳を貸さずに自分を律し諭すために
もう少し闇の中でもがく必要があるようです。
あれだけの言い方をしてblogを辞めた手前、
こんな形でblogを再開するのは心苦しい気持ちもありましたが、
どうしても今の気持ちを綴りたくなったので再開させて頂きました。
今はただただ、自分と向き合って、
慎み深く人の言葉の真意を受け止められるような人になるために、
闇雲に時を過ごしている段階です。
blogはまたかなりの不定期に成ることと思われますが
続けていくつもりでいますので、
まだこんな未熟な僕の発言でも耳を傾ける余裕のある奇特な方だけ、
お読みいただけると幸いです。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。