僕は一時期共産党を支持していた事がありました。
高校時代の担任であり恩師である先生が共産党員だったからでした。
その影響は強く、僕の主張にもその考え方が色濃くありました。
しかし、段々共産党の考え方や政治手法に疑問がでてきたのです。
ここ1,2年には決定的な現実もありました。
ある介護系デイケア施設の問題で無所属の施設と共産党系施設が競合している時、
自分の施設を褒め称え、相手の施設はこれでもかというくらいに罵倒する。
僕は両者の施設に見学にいったのだが、明らかに共産党系の施設は空気が淀んでおり、
事実とは違う虚構の発言にその主張のおろかさを感じずにはいられませんでした。
ここで僕はこの事を思います。。
皆徒党を組みたがり、差別撲滅を歌った政党でも敵を陥れるためには差別行為も厭わない事。
結局は自分の利益や主張を通したいがために
他は蹴落とすという行為がまかり通っている事について。
なぜ皆徒党を組みたがるのでしょうか。
ひとつはやはり一人ではどんな権力者でも弱き者だからでしょう。
主張をすり合わせ強固にし他を排除する。
どんな理想を掲げてもほとんどの場合、その形式からは逃れられていないのが現実な気がします。
以前に読んだ自民党議員だった野中広務氏の「差別と日本人」という新書の一節を思い出します。
「自分は他者より優位だという感覚は享楽そのものであり、
一度その享楽を味わうと何度でも繰り返したくなる。
特に人は自分より強い者から存在価値を否定されたり、劣等感をもたらされたりした時、
自分の劣等意識を払拭するためにより差別を受けやすい人々を差別する事で
傷ついた心のバランスをとろうとする。」
いくら真っ当な主張をしていても、徒党を組んでいる限りこの虚構に誰もが陥りやすい事。
ここから脱するには何をどうしたらいいのだろうかと考えています。
以前「はだいろって何色?きみいろって何色?」の記事を挙げたとき、
ある種の誤解を生んだ事がありました。
しかし、僕はその誤解をそのままにしてきました。
ここで再度いうならば、
僕の考えや主張があると同時にそれとは違う考えや主張があるのは当然です。
そしてそれを確認することで僕の存在がある事と同時に他の存在が認められるという事を
上記のワードで僕が伝えたかったのです。
僕は物事を決めてかかる癖があり、一辺倒な思考に陥りやすいのですが、
他者の主張があるからこそ自分を戒めたり穴に陥りやすい自分のリスク回避もできるのです。
また自分の主張とは違うという事に多面的な広がりや可能性すら感じます。
徒党を組む人々についてもこれと同じで、
一つの主義主張に陥りやすい所を、他者が極当たり前にあるその異なった考えの下、
意見し主張する事で一辺倒の誤りに陥るリスクを回避できるはずです。
それを受け入れられる心意気さえあれば。
そして排他的になる徒党の性質にもメスがいれられるはずです。
全体主義から抜け出ない日本人の性質からも、
そのリスクを回避するためにはたとえ少数の意見であったとしても
他者をも受け入れられる広い視野が必要な気がします。
僕は愛する人にも同じような感覚を持ちます。
彼女の主張が僕には受け入れがたいモノだったとしても、
それが彼女の存在意義であったり彼女の思考や価値観だったりすると思うので
それを押し曲げたり、口で説き伏せたりする事はすべき手段ではない気がします。
彼女の主張の背景には、彼女がこれまで生きてきた経験やその中で培った価値観があるはずで、
その背景を知ろうとする事や、
それを理解し受け止める事の中にこそ愛が育まれるのではないかと思うからです。
共有できる事が増えるに越した事はありませんが、
また違いをこそ認め合え受け入れられる仲でなければ長続きはしないはずです。
彼女はアーティストです。主張や価値観を訴えるのが仕事のようなものです。
その彼女の言動により沿い、何らかの形でその視野を広げるような相手でなければ、
受け入れられる事はないでしょう。
「みみがくのすすめ」等でまずは人の話を聞くことが大事ではないか
という問いを何度もしてきました。
その思考の原点には、人の話を聞きその人の表現方法や価値観を理解した上で
その人の表現に近い形で自分の意思を伝える事が、
より相手の理解を促すと思っている節があるからです。
そのために基本的に僕は人の話を謙虚に聞くようなスタンスをとっています。
自分の主張をよりわかりやすく相手に伝えるためには、相手の思考と価値観を理解せねば、
できるわけはないと思っているからです。
ですからまずは人の話に耳を傾ける事。それがどんなに自分にとって苦痛であったとしてもです。
その中にあってこそ、やっと自分の主張をする機会が与えられるのだと思っています。
僕のこの一連の考えにまだまだ答えは出ていません。
ここまで書いた事の中にでさえ自分でも疑問符がたくさんつきます。
ですからこんな事を綴った所で、皆さんに何かの足しになるような記事だとは到底思えません。
あるいは鼻から問題にならないような意見でしかないかもしれません。
しかし現段階の僕として、こんな事を考えつつももっと見地を深めようとしている事は
伝わると思うので、こんな中途半端な形ですが記事にしてみました。
こんな記事を最後まで読んでくださってありがとうございました。
これからも迷走の記事が続くと思われますが、
これに懲りずにまた読んで頂けると幸いです。