昭和28年の北九州の大水害 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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水害

昭和二八年六月二八日北九州地方は未曾有の大水害に襲われた。この写真は大門付近の浸水状況である。罹災者は一八万一六六○名に上り、死亡者二〇人、重傷者一○人、軽傷者八七人を数えた。


水害

延命寺川の護岸が破壊された状況である。この時の被害は河川一六八か所、橋が四九か所、道路七五か所、農地が二一五三町歩という有様で被害総額が約二九億四八七一万八〇〇〇円であった。


(明治大正昭和「小倉」より)(彦島のけしきより)


参考

昭和28年の大水害、下関市、門司市、関門鉄道トンネルなどの被害(参考)