下関市民プールと競艇場、下関市 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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基本的に山口県下関市を視座にして、正しい歴史を探求します。

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市民プールが開場

昭和51年、下関市で最初となる市民プールが長府に誕生した。写真の滑り台のほか、約600人が泳ぐことのできるプール、公認競技会にも使用できる50メートルプール、500人を収容できるスタンドが整備された。〈長府扇町·昭和51年·提供= 平井敬司氏〉


下関競艇場

昭和29年に開設した。開設当初の売上は芳しくなかったものの、開設して10年経つと高度経済成長に合わせるように客足も伸び、昭和50年の記念レースでは一日の売上高6億8,000万円を記録している。

写真はターンマークを曲がる選手たち。後ろの観客の中にはフェンスを越えて見物する人もいる。〈長府松小田東町·昭和50年·撮影= グループ SYS〉


(下関市の昭和より)(彦島のけしきより)


下関市民プール 下関市長府扇町3−64