鴨島、下関市永田本町 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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夕映えの鴨島

国道一九一号線を北浦へ向かって走ると、安岡の横野を過ぎるころから道路沿いに海が見えかくれしながらついてきて、ドライバーの目を楽しませてくれ、そして難所の吉見七曲りのあたりから、 海上約千メートルの沖合に松の生えた美しい島影が見えてくる。

この島は姿が浮き鴨(かも)に似ているので鴨島と呼ばれ、賀茂島、加茂島とも書き、潮が満つれば三つの島にわかれるので三つ島ともいわれている。

鴨島は吉見竜王神社の飛地境内になっており、十年毎に賀茂島御神幸祭が厳かにとり行われるが、これは神功皇后三韓征伐の楽勢行列に由来したものだと伝えられ、去る昭和五十一年の十月に盛大に挙行された。

竜王神社から出発した御神輿には、大のぼりや太刀, 槍,弓を持った三百人の者が供奉し、勇壮な笛、太鼓の音も高らかに海岸まで行進し、ここで御神輿を御座 船に移し、大漁旗を飾りたてた数十隻の船が貿茂島までお供するのである。

そして島で神事が行われるが、この島は女人禁訓であって、これを犯すと大シケになると伝えられ、また島の石を持ち帰ってはいけないといわれている。

さて鴨島のいちばん美しい姿は、何といっても夕映えのときであり、有名な宍道湖の落陽にもひけをとるものではない。

たそがれの響灘の彼方にゆっくりと陽が落ちるとき、三つの島はしっとりと落着いたシルエットを浮かばせ、逆光に映えるさざ波と調和して夢幻的な光景を描き、夕陽が沈むまで刻々と美しく変化して魅力をただよわせ、いつまでもいつまでも見あきないのである。

(下関とその周辺 ふるさとの道より)(彦島のけしきより)


参考

赤丸: 下関市永田本町4丁目8 加茂島