小串から湯玉に通じる犬鳴峠のあたりを大正時代と現在を比較する。この辺りは赤間関街道の北浦筋(または旧北浦街道とも呼ぶ)の難所で、江戸時代までは北前船を利用して、陸上交通が未発達だった。
昭和40年(1965年)頃、犬鳴峠あたりから湯玉への犬鳴峠の坂道、左側に鉄道がある。昭和37年代より国道191号線の舗装工事が始まった(ふるさと下関より)。
大正14年(1925年)以前、犬鳴峠より南の鉄道の道路、第25号仮定県道が明治20年代に整備され、大正14年には鉄道線路(小串まであった長州鉄道が国に買収されて延長された)が敷設された(ふるさと下関より)。
昭和22年(1947年)、上が湯玉、中央下に犬鳴峠、犬鳴峠あたりで道路(第25仮定県道)が現在の国道191号線に比べ、より蛇行している(参考)
。JR山陰本線の鉄道は黒線としてかすかに見えるが、現在と変化していない。
平成28年(2016年)現在、犬鳴峠から湯玉、現在のJR山陰本線は鉄道の変化は無い。これに対し、国道191号線は元の第25仮定県道とは別に、昭和40年の舗装時(?)にJR山陰本線に並行して整備された。第25仮定県道(旧北浦街道)は県道270号線と言う名称になっている。
参考
① 犬鳴峠の北側
犬鳴峠の北側、左手は県道270号線、右手は国道191号線、間にJR山陰本線がある。
湯玉駅あたりの県道270号線、北に鯖釣山が見える。
県道270号線から東方向にJR山陰本線湯玉駅を望む。
② 犬鳴峠の南側
平成28年(2016年)現在、犬鳴峠から南の海岸線
平成28年(2016年)8月現在、JR山陰線と国道191号線のガードレール(上のグーグルマップの南端から北方向)