中国電力の下関発電所、長府の町そして満珠島
参考
① 前田の旧火力発電所の今昔
wikiによると関門鉄道トンネルにも電力を供給した。昭和45年までには廃止されている。
昭和25年(1950年)、発電所記号
② 長府の中国電力下関発電所の今昔
昭和42年(1967年)3月に1号機が運転を開始、2号機までが建設された(wikiより)。
総出力:57.5万kW
敷地面積:約342,667m2
- 1号機
- 定格出力:17.5万kW
- 使用燃料:石炭
- 営業運転開始:1967年(昭和42年)3月
- 2号機
- 定格出力:40万kW
- 使用燃料:重油
- 営業運転開始:1977年(昭和52年)9月
平成28年(2016年)現在
③ 中国電力の歴史(参考)
明治29年(1896年)6月 馬関電灯(株)設立(資本金6万円、社長松尾寅三)、本社は観音崎町(ふるさと下関より)
明治43年(1910年)7月19日 馬関電灯、本店を下関市竹崎町に移転
大正5年(1916年)5月4日 馬関電灯、九州電灯鉄道に合併
大正6年(1917年)5月18日 九州電灯鉄道、下関発電所、1,250kW増設
大正8年(1919年)11月1日 中国電力(株)設立(資本金600万円、社長野口遵)
大正10年(1921年)7月21日 九州電灯鉄道、前田発電所(汽力5,000kW)運転開始
④ 馬関電灯株式会社の竹崎発電所の建設
大正8年(1919年)の竹崎町、電燈会社が見える
平成28年(2016年)現在の竹崎町中国電力下関支社と白石正一郎旧邸跡
⑤ 赤間関の電力は前田の火力発電所から関門海峡沿いに送電された(参考)
⑥ 馬関電燈株式会社
下関に初めて電灯がついたのは明治二九年のことである。(注: 最初は観音崎町)
松尾寅三、内田吉三郎、土井重吉、関谷福太郎、永積安兵衛、伊藤房次郎の諸氏により、竹崎町に建てられた。この場所は白石正一郎の家の跡であり、石垣はそのままの感じで残っている。現在は記念碑が建てられている。
(写真集 明治大正昭和 下関より)(彦島のけしきより)