しもで先生ができるまで・53 | シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

題名の通り、マージャンに関するうんちく話を、自分なりの観点で紹介しています。最近はあまり書いていませんが(笑)。


マージャン強くなりたい、という人にはあまり役に立たない話ばかりかも(笑)。

競技選手デビューから数年経った、しもでさん。

対局では、相変わらず負け続けていました。

 

 

 

麻将連合のプロとして認定されるには、

「競技・タイトル戦での強さ」

「専門知識」

「マージャン活動による経済基盤」

の3条件が求められます。

 

麻将連合のツアー選手というのは、

マージャンのプロを目指す立場です。

 

マージャンのプロを目指している者が、

マージャンが弱かったら、お話になりません。

 

ツアー選手という立場に甘えているつもりはなかったのですが、

競技の成績がともなわなくては、

そう思われても仕方ないでしょう。

 

このままロクに成績を挙げられないなら、

いずれは、選手としての活動を辞める時期が来る。

そう思っていました。

 

 

となると、辞める時期が来る前に、

自分が競技選手として生きてきた証を残そう。

そう思い、自分なりに色々やりました。

 

 

 

さて、長い前置きになりましたが、

数回に渡って、やってきた事を書いてみようと思います。

 

まずは、当時の麻将連合の名物コーナーだった、

「ダイアリー」です。

残念ながら、現在は見る事は出来ませんが、

確か2002~2008年くらいまで続いたのかな。

 

これは、麻将連合所属の選手が、

日替わりで書いていくコラム。

テーマは自由でした。

 

最初の頃は、無難な事しか書いていませんでしたが、

「せっかくだから、自分の個性というか、売りをアピールしてみようかな」

と思い、書き始めたのが、

「負け犬日記」でした。

 

「自分の売りは?」と考えた結果、

「あ、オイラって未勝利じゃん」

と、負け続けているのを、逆手に取ったわけです。

これをきっかけに、「自虐キャラ」が一部で定着し始めたのです。

 

一部の先輩からは、

「競技選手が負けを売りにするのはみっともないよ」

と言われた事もありました。

 

とはいえ、私自身も、

「競技の世界における自分の居場所」

を作るために、書き続けました。

 

ダイアリーで好き勝手書いた経験が、

その後の色んな活動に繋がったと思います。

 

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

「私が勝てなかったあいだにやってきた事シリーズ」

今回は第1回です。

 

現在のように、SNSが身近なものではありませんでした。

情報の発信もまだまだ限られていました。

 

逆に現在は、情報発信が簡単に出来るだけに、

不特定多数の方々に伝わるような工夫が必要です。

しかも、使い方を間違えると、

自分のダメージになります。

 

昔も今も、それぞれ大変ですね。

 

ではまた~。