20歳、秋。



「結婚しよう」という言葉にはもちろん、お腹の中の子は、俺たちの子供として育てて行こうという意味も込めていて、もちろん、そのことは冴子も理解していた。

ただ、その日は俺も冴子も、あまりにも衝撃が強すぎて、一晩ゆっくり休んでもう一度お互い自分なりにしっかり考えようということで、その日は一旦別れて翌日にまた冴子と会った。


俺の方はといえば、もちろん考えは変わらない。
ただ、冴子はというと、「おろす」と言ってきた。

一瞬、自分の耳を疑い「え?なんで?俺もう、社会人だし何とかなるよ」と返した。


当時の俺は、今から思い返してみても、本当にその程度の感覚だった。


お腹の中の子供が俺の子供じゃない。
それってどういうことなのか、そこのところは正直あまり深く気にもしていなかった。


単に、『やっと就職したと思ったら、早くも結婚して、おまけにいきなりお父ちゃんになるんだな、俺』くらいなもんで『何とかなるだろう』的な感覚でしかなかった。

たぶん、それが若さだったんだろうな、と、今はそう思う。


俺個人的には、マジでそんな思いだったもんだから、冴子の予想外の思わぬ言葉に驚きもしたし、何だか、あまりにも自分勝手で簡単に考えてるような気がして、正直少し嫌悪感すら覚えたくらいだった。

しかし、冴子はその後も言葉を続けてきた。


「磯野くんがね、結婚してまで自分の子として産ませようとしてくれる気持ちは本当に嬉しいよ。でもね、人の気持ちって移ろいやすいものなのよ…」

そんなふうに言われたら、ますます俺は不機嫌になってきて


「え?何? 俺のことが信じられないってわけ?」


と、少し語気を強めてしまった。
そしたら冴子は、泣きながら少し微笑んで、


「実は、私のお父さんもね、本当のお父さんじゃないんだ。
それでね、私と同じような辛い思いはさせたくないな、と思うんだ…」


と告白してきた。

以前から冴子は、家のことはあまり喋りたがらなかった。
時には家には帰りたくないとまで言うようなことがあったけど、この時、何となくその理由がわかったような気がした。


少し言葉を交わしてみては沈黙が続き、その繰り返しで、その後もなんとか1時間ほど冴子の説得を試みてはみたものの、結果として、俺の青臭い正義感は冴子の揺るがない決意の下に敗れた。