17話


つづき


前のブログで書いた


「4月からのオープンを目指し

3月末には内覧会を含めた

オープン記念パーティーを開催することが決定」


この日を目指して

タイムスケジュールを組んで全ての準備が進められているのに


時間の余裕もないのに・・・・



店舗の内装をどうするか決める時


ほんと、何も考えず・・・・オープンに日のことも


自分の思いだけの言葉で


とんでもないことを言ってしまいました



それは




「内装は全て社長の育てた杉を使いませんか?」と





これができないなら、ウッドロードをやるべきでない

ウッドロードはここから全てが始まる

そんな強い思いがありました



なぜなら


このとんでもないことを想像してしまったら


自分も見たい!


多くの方に見てもらいたい!


このことを知ってもらいた!


木を感じてもらいたい!


これが新しい道を切り開くかもしれない!


社長のことをみんなに話したい!



自分は何もしていないのに・・・・・

その内容に参加できるだけでも幸せで


もしかしたら自分のための自分勝手な思いだったのかもしれません



みなさん見たくありませんか?


杉は植林して使えるようになるまで50年近い年月が必要で

自分で植えた杉を自分で伐採することできない

使えるのは3代後と一般的に言われています


気の遠くなるような時間の流れ

自分で植えた杉を育て使えるのは孫の代なんです


それを今回は一代で

自分で植えた杉を自分で伐採して自分で使う


社長の地元九州の森から大阪の地へ


40年以上前からつづく道を




杉を育てている貴重な資料が残っていますのでどうぞ




過去のブログで紹介した記事

この頃はこんなのとになると想像もしていませんでした!




もう10年以上毎日のように使っている木

その樹は自然が育てたものであり、人が育てたもので

自分が植えて育てた樹を使ったことがありません


そしてこれからも難しいと思います

植林して育てて板として使える大きさに成長するまで

今まで生きてきた以上の年月が必要になり

そしてまだそれを実行すらしていません


なんとそれを実行されて記録に収めている方がいらっしゃいました


貴重な40年の記録を見せてもらえただけでも

自分にとっては幸せなことであり、必要なことだったと思っています


「木を育てる」



工房の作品展示室に

写真のような形で記録されていました



25歳の時に九州の山を購入

理由は九州から出て大阪で仕事をするようになり

もし大阪で仕事に失敗したら、九州に帰って山の仕事をできるように

もともと山の仕事をされていたお父さんに山を任そうと考えられたからです




皆伐した山に

昭和47年4月15日~20日に杉を1000本植え付け

高さ80㎝

ススキほどの高さしかありません


自分は生まれていません




杉を育てるために山に肥料をやって

村の人が驚かれたみたいです


今では普通かもしれませんが



植林された状況

初めは3反=900坪から始められました

それが今では6町=18000坪??全く想像できません


年月は過ぎ



大きく成長した杉



台風の被害に合い

大変だったみたいです






何度目かの間伐作業



間伐して森に光が入るようになりました




間伐された丸太

この木を使って作品制作されています



2009年、丸太をトラックに載せてフェリーを使って

九州から大阪に運ばれ、製材し乾燥させて


木工教室探検隊
さまざまな素晴らしい作品を制作されています


「自分で植えた木で、人に喜んでもらえる作品をつくる」

なんて凄いことなんでしょうか


何十年先を見据えた行動


木を植えて42年

それでもまだ道半ば
生徒さんは、これからもまだ何十年と木を育てて森を育てられます



そんな森にいつか訪ねていきたいです



ここまでが過去の記事



こんな森に訪ねて行くことになりました


ここからが・・・・・・思いと現実の差に・・・・


この短期間ではたして大阪に杉は届くのでしょうか?


つづく

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