はじめまして!
鉛筆画画家(自称)シモです。
まず、自分紹介として。
昭和38年生まれのもうすぐ還暦を迎えるおじさんです。
中国で生まれ、12歳のとき(1975年)に日本に。
当時はブルース・リーと「あしたのジョー」と「空手バカ一代」にはまり。
体が小さい分強いものに憧れていました。
体の小さい自分は当時ボクシングの世界チャンピオンの具志堅用高さんに憧れ、
ボクサーなろうときめました。
鹿児島にボクシングジムがないので、中学校卒業後に上京しようとしましたが、
親に「とにかく社会に出るには最低でも高卒でなけりゃだめだ」と説得されて高校に進学。
鹿児島実業という男子校(当時)に入り、ボクシング部がないので、創部3年目の空手部に入りました。
3年間一生懸命頑張りました。
高校卒業後に上京、仕事しながらボクシングジムに通いプロボクサーを目指しましたが、
目が悪く(視力0.1)プロボクサーに成れなかった。
最初からわかっていたのに…、それでも諦めなかったのは、
矢吹丈と具志堅用高さんのように燃え尽きたかった。
ブルース・リー
20代ごろの趣味としてはボクシングビデオを見ることでした、その合間に鉛筆でブルース・リーを描いていました。
当時は似顔絵ような感じで、暇潰しで描いていました。
ブルース・リーについては、当時は映画スターとしてしか見てなかったが、もちろん憧れていました。
26歳にマラソンに夢中になり、生活はマラソン中心になり、絵を描くことはなかった。
33才で結婚、生活にお追われながらマラソンを続けていましたが(健康維持のため)
50才の時のある日、近くに中森明菜のCDの歌詞カードに写真が載っていたので、それを見て画用紙に似顔絵のような感じで描いてみました。
それを携帯電話(当時はガラケー)で写真を取り、友達二人に送った。
二人から「特徴をよく捉えてる、似てる」っと言われ、
気を良くした自分は、さらにリアルに見えるようにいろいろ工夫しました。
ブルース・リーと中森明菜がいなければ鉛筆画を描くことはなかったかもしれない。
絵は人に継いて学んだことはないが、これからも自分の感性で描いていきたいと思います。






