辰の年、辰の刻に生まれた龍(ドラゴン)
11月27日と7月20日はブルース・リーファンなら絶対忘れることができない日です。
11月27日は言わずと知れるブルース・リー(李小龍)の誕生日で、1940年にサンフランシスコのチャイナタウンの病院で、辰の年の辰の刻に生まれたドラゴン。
1973年12月22日に封切られた「燃えよドラゴン」に小学5年生だった僕は友達と一緒に見に行ったことを昨日のように覚えています。
と言いたいところですが、中国で生まれた僕はそのごろは中国黒龍江省の田舎で友達に「日本人」などといじられながら楽しく暮らしていました
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1975年の8月に「中国残留孤児」の一家として日本に帰ってきました。
学校でクラスメートがブルース・リーのマネしたり、話ししたり、そういう環境の中で自然と自分もブルース・リーを好きになりましたが、ファンというほど好きじゃないなかった。
ブルース・リーや「空手バカ一代」の影響で高校では空手部に入り、3年間一生懸命に頑張り黒帯取りました。
ブルース・リーが格闘技を始めるきっかけの一つになったけど、当時はブルース・リーが武道家で映画俳優であることは知っていましたが、映画ほど強くないとおもっていました。
当時よく読んでいた梶原一騎先生の劇画「空手バカ一代」や「空手戦争」「四角いジャングル」の中で随分と低く扱われたのを信じていましたから。
梶原先生の劇画はノンフィクション(実話)のはずの中でかなりフィクション(創作)の部分はありました。
当時は子供だった自分はすべて信じていました……、 でも夢を与えてくれことに感謝もしていました。
おとなになって鉛筆画を描くように(鉛筆画を描くきっかけ担ったのはブルース・リーです)なっていろいろ調べてわかったことは、ブルース・リーは映画以上に超人的存在でした。
本物の武道家で、唯一無二の男だと思います。
世の中によく「◯◯二世」や「第二の◯◯」という表現することありますが、ブルース・リーに関しては彼に匹敵する武道家やアクション俳優はお二度t現れないと断言できます、すくなくとも21世紀中に。
子どもの時分より今のほうがファンになっています、ブルース・リーを知れば知るほど好きなってしまうほどカリスマ性を感じます。
永遠のカリスマ

