本日とりあえず一社から内定を頂きました。

まあ一社しか受けてないのだから、内定が一つなのは当たり前なんだけども。


素直に嬉しいという気持ちが半分。

あとはなんだか複雑な思いが入り混じったのが半分。

この会社でうまくやってけるのかな。

いいのかなーって気持ちの方がどちらかといえば強いかもしれない。


ただ、この朗報を自分の事のように喜んでくれる人が俺の周りにいて

なんか改めて人に恵まれてるなって思います。

俺がダメでも、きっと周りの人間に支えられながら何とかやっていけそうな気がするね。


今度なんかあったときには俺も精一杯のお祝いをしてあげよう。

みんなありがとう。


まあそんな感じで。



おわり。
時が経つのはなんとまあ早いもので。

いつの間にか梅雨が明けて、殺人的な暑さの日々が続いています。

セミの声が聞こえないだけ聴覚的な暑さはないけども

この暑さの中、外で働いたり部活をやっている学生には頭が下がります。


引っ越してきて1週間。

本来の家主もネパールから帰国して、なんかようやく落ち着いたのかなって思います。

暑さを除けば、今までの家の中でも1、2を争う居心地のよさかも分かりません。

特に今回の自分の部屋は、一昔前の漫画家の作業場って感じがして気に入っています。


生活のリズムもすっかり変わって、朝は7時半に起き、夜は12時ごろに寝ています。

やっぱり人間は朝起きて夜にはしっかり寝るっていう生活リズムが1番合っているんだと実感しています。


なんだかんだうまくいっている気がするのですが

このゆっくりした時間に惑わされすぎて、なんだか現実逃避している気分です。


明日は東京で就活の最終面接。

これから勝負しに行くっていうのに、こんなにのんびりしていて大丈夫なのかと

久しぶりに少しの不安を感じています。


今日は私が密かに恋焦がれる美容師さんに髪を切ってもらったのですが、

前回から「デートに誘うんだ」という意識が異様に強くなり

なんだか今日はいつもよりもカットして貰っていても落ち着けませんでした。

やっぱり「憧れている」っていう距離感がベストなんだろうなって思います。

これも幻想が現実味を帯びてきたことによる障害なんだと思います。


まあそんなことは冗談半分なので、どうでもいいことですが、

今日美容師さんが何気なくすごいことを言っていました。

「欠点があるから好きになれる。だから欠点を好きになっているようなものかも。」


ボケーっとカットしてもらっていた私にとって寝耳に水でした。

こんな状況でそんなことをサラッと言ってしまうなんて、かっこよすぎるでしょ。

本気で好きになってしまいそうでしたが、鏡に映る自分を見てぐっとこらえました。


最近虚栄が大きくなりすぎて自分を見失っていた様に思います。

ここにいるとまるで心が浄化された気持ちになり、

素直に、そして真面目に生きようと思わせてくれます。


果たしてこれは真実の平穏なんでしょうか。

それとも甘い誘惑ながら身を滅ぼす麻薬なのでしょうか。

考えることさえ奪われそうになっている私は、私と言えるのでしょうか。


まあそんな感じで。



おわり。
それにしても最近は暑い。

起きていても寝ていても、これでもかというくらいの汗をかく。

痩せればあんまり汗かかなくなるんかな?

この暑さに乗じて体重を軽くするのも手であろう。


最近は引越しやら車検やら就職活動やら試験やら修士論文やら

お金がないやら人恋しいやら生き抜きしたいやら将来不安やら

やらやらやらやらばかりでもう笑えてくる。

完全に俺のキャパシティを越えていて、処理できずにいる。

郵パック状態ですわ。


ただこういうときはネガティブにならないからそこら辺はいいのかも。

こんな状態でネガティブでいるとますます気がめいる。

忙しさをいいわけに物事をいい様にしか捉えていない。

こういうのを人間の防衛本能っていうのかもしれん。

多分その内達観すると思う。

もしくはスーパー投げやり野郎になるか。


来週から俺は5年間してきた1人暮らしに終止符を打ち

新しいお家で男だらけの同棲生活に突入する。

はずだったが、現在の家主が来週からネパールに出張らしい。

また俺1人じゃん。

しかも今度の家は一軒家で広いので、怖い。

素直に怖い。

この家も俺のキャパシティを越えている。

やっぱりお家は狭い方がなんとなく安心するんだよなー。


やっぱり人間にはちょうどいいサイズがあるんだ。

それを越える物がやって来ても困ってしまうだけだ。

「井の中の蛙大海を知らず」ってことわざは、まあ要するに世間知らずみたいないみだけども

蛙にとっては大海を知ったところで、どうせ住むのは井戸みたいな小さい水場なのだ。


見識を広げることはもちろん大切なことだけども

世の中の物事が常に「大は小をかねる」とは限らない。

自分で限界を決めてしまうと成長することはできない。

だが、あまりにも不恰好な服は流行であっても着心地はよくないはず。

そういうバランスみたいなのが大事なんじゃないのかなって思う。


今現時点で井の中の蛙である俺は

社会という大海に出たときに、どこに居心地のいい場所を見つけるのか。

大海を大きな船に乗ってグングンと進むだけが人生じゃないはず。

でもそういう風になりたいとも思う。

なんだかまだ矛盾している。

きっとどこかにぶれない考えがあるんだと思う。


しかしまあもう少し暑いのだけはなんとかしてくれんかなー。


まあそんな感じで。



おわり。
来年の今頃俺は何をしているのであろうか。


今日とある会社から最終面接の案内状が来た。

前回の面接試験を見事クリアしたのだ。

封筒を開けるまでの緊張感と、最終面接の案内の文面を見たときの嬉しさは本物であった。


だが、急に若しかしたらこの会社で働くのかもしれないということが現実味を帯びてきて

不安にも似た感情を抱くようになった。

この会社で大丈夫なのだろうか。


不安要素はたくさんある。

会社説明会を受けたときに感じた社内の雰囲気。

この仕事にやりがいを感じる人であれば申し分ないのであろうが

少し引いた目線で見ていた俺にはインセンティブを感じることができるのであろうか。


本腰を入れて就職活動をしていた人と違い

6月ごろから地元企業ということで1社のみエントリーした俺が

トントン拍子で最終面接までこぎ付けてしまったのは運がよかったからであろう。


早出や残業を含めバリバリやる仕事があることは一向に構わない。

しかし、残業代が出ないことや休出、有給が使えないことが当たり前と化している現状を

訴える元社員の声などもネットで見かける。


稼げるのであれば良いが、残業をした見返りが「やりがい」や「成長」で片付けられるのであれば

俺はそれに納得できるのであろうか。


まだ働いてないのだから、その会社の内部まで分るはずもないので

もしかしたら、それは元社員の方の極端な意見に過ぎないといえるのかもしれない。

しかしながら、説明会や面接内容を振り返ると

その情報があながちウソではないと思わせてしまうのであるから怖いのだ。


社会人からしてみればそれは多かれ少なかれどこの会社にも言えることであり

そんなことを気にしているようでは、どこにいっても通用しないといえるかもしれない。

また、こんなご時勢に正社員として働けるだけでもありがたいと思うべきかもしれない。

しかし、俺は間違いなく社長と意見が食い違う日が来るであろうと予測している。


俺が甘いのかもしれない。

人生にはじっと我慢するときは必ず必要であることはわかる。

ただ俺は報われない我慢はしたくない。

目標があり、達成したい夢があり、そのための代償としての我慢でありたい。


俺は辛いことがあっても我慢をしよう。

しかしそれを報われない我慢にするのではなく、目標の代償のためにする我慢にしよう。

希望がなければ俺は絶対頑張れないことは分っている。

やるだけのことはやる。

だから叶えるべきことは叶えよう。


とにかく次の最終面接を受からなければ話にならない。

俺はすでに1番行きたかった自治体の試験に落ちてしまっている。

次はない。

1つ1つが真剣勝負だ。


「あの信号は俺が通り過ぎようとすると必ず赤になる」


人生は何でもかんでもうまくいかない。

気分よく進もうとしている俺に必ず邪魔は入る。


そして何よりも赤信号は止まらなければならない絶対的なルールだ。

ただ、そんな状況を俺がどうするのか。

それが1番大事だ。


うまいこと生き抜いてやる。


まあそんな感じで。



おわり。
ここのところ早く決まってくれないかと思っているのが、俺の行く先のこと。

とりあえず唯一受けている民間企業さんから一次試験合格の連絡を頂きました。

なんだまだ一次かと思われるかもしれないが、やっぱり嬉しい。

一次は筆記試験で手応えはあったのだが、でも落ちてたら洒落にならん。

最終で落ちるのもヘコむけど、一次で落とされても結構来るだろうな。


で、将来俺はどうしたんだろう?

人並みとはとても言えないが、俺なりに就活をしていても

やれ「志望動機」だとか「自己PR」だとか、いろいろと考えさせられる機会がある。

んなもん生活のためにお金が必要だとか、他の会社よりは自分に合ってそうな気がするとか

ぶっちゃけてしまえばそれが全てで

会社にお伝えする情報はウソではないがホントではないものばっかりである。


つまり今会社にお伝えしている情報は、幅広い将来の夢を聞いているようで

実際のところとりあえずその会社に入れればオッケーってものが多いんだと思う。

でも俺はそれじゃあ良くない。


なんとなくで自分の進路を選ぶことは大学を選んだときで終わりにしたいと思っている。

あれから5年以上経ち、俺も成長してなきゃ困るのだ。

で、俺が何を言いたいのかというと、社会人はその会社に入ればゴールじゃないってことかな。

なんか結婚はゴールじゃなくてスタートみたいなのに似ているが

まあそれと一緒。


知り合いの社長さんは28のときに独立した。

就職してから着々と独立の準備をしていたらしい。

同僚との付き合いよりも取引先なんかの社長さんと積極的に付き合いを重ねたそうな。

今の時代は年功序列やら終身雇用やらの社会じゃないんだから

一度学生を抜け出せばそこは食うか食われるかの戦場なんだと思う。

じゃあ俺もおちおち同じ集団で餌を食ってるわけにもいかないだろ。


なんかよく分からないけど型にははまりたくない。

いや、むしろはまれないのかもしれない。

なんせ俺は社会不適合者ですから。

その社長さん曰く会社員になりきれない奴は

頭がいかれるか、鬱になるか、自殺するか、家庭を顧みれないかに大体なるらしい。

俺はそれが無性に怖い。

だからやっぱり常に目的を持っている人間でいたい。


もちろんリスクは色々あるだろうが

俺にとっては普通でいようとすることにリスクを感じるのかもしれん。

実際に社会に出てみたらまた考えが変わるのかもしれんが

とにかく今はそう思うんだ。


まあそんな感じで。



おわり。