栗原はるみさんが亡くなったご主人について語っていた。


今朝の情報番組。



料理家の栗原はるみさん。



ご主人を末期癌で亡くしてから、泣いて泣いて、何もできない日々を過ごしていたのだそうだ。

そこで、これからやりたいことを100考えて、実行していくことにしたそう。

猫を飼ったり、ギターを習ったり、今までしなかったことを、ご主人としようと思ってできていなかったとも含めて書き出しては、実行していっているんだそう。


震災の復興で、福島の方々との交流するのもその一つ。


そこで出会った、はるみさんより10歳年上の女性も、早くにご主人をなくしているんだけど、はるみさんに自慢の手料理を振る舞ったりしてすごくお元気。

あの世でご主人と再会したときに、あんなことをした、こんなことをしたと、お土産話を沢山しようと思いながら日々生きているのだそう。


今日、はるみさんに会ったこと、とてもいい土産話になります。


と、満面の笑顔でお話されていた。


それを聞いたはるみさん、

また夫と再会したときに、沢山プレゼントを持って行こうと思うようになりました。

と、やはり笑顔でお話されていた。



肺癌ステージ4 になってから、夫はどんな気持ちで私と接してくれているのだろうと、ずっと思っていた。


私の病気がわかる数年前に夫は癌サバになっている。

幸い今は経過観察中だけど、夫の癌が分かったとき、残されるものの気持ちは相当考えたから、余計夫のことが心配になる。


残すほうと、残されるほうと、どちらが辛いかって、


そんなの残されるほうでしょう。


もちろん、私にも死や痛みや苦しさや残り時間を考える辛さはあるけど、でも一人になる辛さはそれとは別の話だ。


でも、福島の女性やはるみさんの笑顔を見て、夫がこんなふうに生きてくれるなら、いつかアチラで夫の武勇伝を聞く日を楽しみに待つのも悪くないのではないかと思えてきた。


実際、夫はまだまだ仕事でやりたいことはあるみたいで、退院の前の日、電話で楽しそうに夢を語っていたし、


入院で私がいなくても、1人でお山や公園に行って楽しんでいるし、呪術廻戦イッキ見したりしてるし、ひとりメシでも食べたいもの食べてるし、

私が好きになったほどの夫だから、一人でもそれはそれで楽しみを見つけて行くんだろうと思う。






こんな話を書くと、



弱気にならないで!とか


逝く順番なんてわかんないよ!とか


治る望みをすてないで!とか


希望を持って!とか




思う方がいるんだろうなと思う。




誤解しないでいただきたいのは、


私は別に弱気になったわけでも、生きる希望をなくしたわけでもない。



ただ、確率として夫より先に逝く可能性が高くなっているわけだから、覚悟もしながら前向きに生きて行きたいと思っているのだ。



前向きに生きていくために、


夫が一人になったらどうなっちゃうんだろうなんて心配をするよりは、 


この人はきっとダイジョーブ!


と、信じて、アチラで再会して武勇伝を聞くのも楽しみだなあなんて思うほうがいいんじゃないかと気づいたのだ。



そしたら、


夫にいい土産話を持ってきてもらうためにも、病気の私と一緒でも夫が夢を叶えられるように、私しっかりしなくちゃな、一緒にいる時間は明るく楽しく過ごしたいななんて、日々の生活にも目標が出てくる。



あの世があるのか否かはわからないけど、想像して楽しくなるならあることにしておいたらいいじゃないか。




もし夫より先にいくことがあっても、そのときは夫のプレゼントをそこで楽しみに待とう。



きっと夫はダイジョーブだから。

すんごい武勇伝持ってくるから。




そんなふうに思ったら、



明るい気持ちになれるし、

前向きに生きていけると思う。