先日いきなりの余命宣告を主治医からもらった私
しまさんみたいなステージ4の肺癌は、
余命1年前後なんですよ。
でももう1年半ですから。
私が、
私の癌強力なんですかね?
って聞いたから、
いやいや、だって余命越えしてるから、そこまで強力じゃないですよ。
って意味だったんだと思うけど、
余命も生存率も一度も言わなかった主治医からの始めての宣告。
そーなんですかっ!?
私、半年も余計に生きてるんですねっ!
大成功ですねっ!
私、頑張りましたねっ!
ヤッター!!
という心境にはならない。
主治医の口からハッキリ言われるとやはり動揺する。
2日くらい引っ張った。
今まで、
余命1年
なんてタイトルのブログ、
なんか他人事のように見ていて、
そーかー。
大変だな。
私なんて結構元気な方なんだから、
頑張らないとな〜。
なんて気持ちで読んでいたけど、
同じじゃん!!
そんで、そう言う方のブログ、今読み直してみると、普通にお仕事したり、家事したりしている。
本当に同じじゃん!!
そりゃ、人生の残り時間については何度も考えたけど、
例えば5年先のパスポートのことを考えて泣いたりなんかしてたわけで、
なんだか脳天気に1年半生きていたなぁと思う。
昨年の春、
花粉アレルギーの薬を主治医に出してもらっていて、
もう花粉の季節も終わりだから、今回はいいですか?
と聞かれたとき、
今回まで出してもらえますか?
残りは来年早めに飲み始めようと思います。
と言ったら、主治医にちょっと沈黙があった。
はっとして、
生きていれば。
と、付け加えたら、
大丈夫ですよ、生きてますよ。
と、少し慌て気味に言われたんだが、
あれはやはり、
この人、フツーに来年も生きてるつもりなんだな。
って気持ちの間だったんだろうな。
体調ボロボロからの夏山旅行のとき、
もしも私が旅行中に不調になって、旅先で病院にかかったときのためにと、病状や治療の経過を書類にして持たせてくれたんだけど、
あれも、
この人の最後の旅行だろうからな。
って心遣いだったのかも。
なんてツラツラ考えてしまった。
で、
しばらくして気づく。
スマホに、
肺癌 ステージ4b 余命
って入れて検索したら、
1年
ってでてくるんだよ。
しまさんの癌の状態では1年
じゃなくて、
肺癌ステージ4bの平均値
の話だよ。
それなら最初から分かってたよ。
ただ、EGFR陽性だし、すごく年寄りでもないし、持病もないから、平均値よりは生きるだろうって思ってたんだよ。
すごく最初に考え尽くしちゃったから逆に頭からすっかり抜けていた。
それで、
今回の気付きは、
主治医は励ましてくれることもあるが、
主治医の中では私は、
ステージ4b、余命1年の患者で、
余命以上生きているから、状態のいい方っていう分類になっているんだろうなと言うこと。
私の中では、良くなる可能性が、贔屓目に増幅されちゃうけど、
主治医の中では、あくまでも数字を見ていて客観的に判断している。
医師だからそれが当然なんだけど、いざ自分がステージ4の癌になると、こんな当たり前のこともわかりにくくなるもんだなと思う。
改めて肺癌ステージ4の生存曲線をみてみれば、
最初の1年で60パーセントが亡くなり、
次の1年で残り40パーセントのうちの20パーセント、つまり半分が亡くなる。
私が体の中に抱えているのはそう言う病気だ。
私だって生きられる可能性に賭けたいから、
アメブロを必死に探して、
ステージ4の肺癌でも何年も生きている人を見つけて、
あの人もその人も大丈夫、
私もきっと大丈夫。
って
いつの間にか思うようになっていた。
でも、
そもそも、状態が落ち着いていて、ブログをまとめられる精神状態の方がブロガーをされている場合が多いのだろう。
フォロワーさんや、いいねの方でも、ブログを書いていない方が沢山いらっしゃる。
実際の数字と、
ブログを拝見した感覚を一緒にしたらいけないのだ。
もちろん、希望は持ち続ける。
でも、それと同時に、
私は平均値で余命1年。
生存率が2年で20パーセントになる病気。
2年で5人が1人になる病気。
肺癌ステージ4。
であることも忘れてはいけないのだ。
いつの間にか余命越えしていたこと
1年半生きられたこと
その間、楽しい経験が沢山あったこと
そして、
これから生きる時間に感謝を忘れないためにも。
これから生きる自分を褒めてあげるためにも。
余命1年の肺癌ステージ4であることは忘れないようにしようと思う。


