Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
ではこの辺で!
近い内にお会いしましょう!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!
どうも!
ダイエットアドバイザーしまもんです。
今回は教育について語りたいと思います。
昨今、教育の現場にて先生間のパワハラが問題になってしまいました。
何故このような事が起こるのでしょうか?
心を痛む事件が多いことは悲しい事です。
日本は江戸時代において徳川家康から家光の時代にかけて武断政治という
圧力をかけて家来を従わせるというような力づくの政策をとっていました。
しかし、家光の時代に反乱の未遂事件が起こりそれではいけないと
教育を根本に変える政策をとったのです。
それで使われたのが儒教でした。
平たくいうと儒教の主な教えは徳を積み出世しなさい。
先祖や先輩を敬いなさいという教えなのです。
日本に根強くある先輩と後輩の関係というのはこの儒教が元になっています。
正直、僕が社会人になってすぐはこのシステムを理解出来ませんでした。
何故年が上なだけなのに敬語を使ったり尊敬を強要されて
先輩に従わなければならないのか分からなかったからです。
だから、新人の時は先輩にゴミのように扱われ殴る蹴るの暴力をふるわれました。
しかも、自分の味方をする人は誰一人としていませんでした。
今訴えたら確実に勝訴出来るでしょう。
でも、これって自分が悪いのでしょうか?
自分によくしてくれない先輩を尊敬出来ますか?
能力がない人を尊敬出来るでしょうか?
器が小さい人を尊敬出来るでしょうか?
答えはnoです。
今になってわかるのですが僕に暴力を振るった先輩は器が小さく
後輩に自分の大きさを見せたいだけの人だったんだという事がわかりました。
決して自分の事を可愛い後輩だと思わずに自分の地位を守りたいだけの人
だという事がわかったんです。
だから僕は、教育というものに関心をお持たずにはいられませんでした。
この先輩と後輩というシステムは先輩が良い人であれば
後輩を思って育てていける凄く良いシステムなんですが
悪い先輩が運用すると凄く悪いシステムなんです。
自分で仕事が出来る人に限って威張っています。
出来ない人の気持ちが分からない為出来ない人に威圧的になったり
悪い噂を流したりして組織ぐるみに当人を追い込む傾向にあります。
逆に、若い内に嫌な思いをした人は
後輩に自分が受けた痛みを味わせまいとする為
良い先輩になる傾向が強いです。
そう先輩と後輩というシステムは苦い経験をした人しか徳を得られないシステムなのです。
何故、苦い経験をした人しか得られないかというと人をいじめて威張って
組織ぐるみで人をけなす人が人をまともに人を育てられるでしょうか?
はっきり言って無理です。
少なくとも僕が出会った中でそういう人は育てる事が出来なくて周りから面倒くさいと思われています。
しかも、今の時代に即していないのでパワハラで問題になってます。
人を育てられないというのは人の人生の未来を潰してしまう事です。
企業や経営者からしてみれば毒の何者でもありません。
ということは育てられないという事は社会的に損をしているという事です。
何故なら企業や経営者からしてみればいらない存在だからです。
この先輩と後輩というこんなシステムを日本人は民間レベルで採用しているんです。
愚かではありませんか?
しかし、人を敬うことはとても大切だと思います。
でも先輩だから威張って小山の大将になるのはおかしい事です。
僕は、人を育てられない人は三流だと思っています。
自分が出来て半人前、他人に教えられて一人前です。
そして、何かを残す事が出来る人が一流だと思うんです。
例を上げますが、
宮本武蔵は伊織という養子に自分の技を教え二天一流を
後世に残したから現在でも一流の剣士として名を馳せています。
儒教を開いた孔子も仏教を開いた仏陀もキリスト教を開いたキリストも
多くの弟子を残しています。
その道の一流の人は必ず何かを残す事が出来ています。
その要因として考えられるのは人としての魅力だったり
哲学を根本とした教えだったり
その時々にあったその人への励ましであったり
一番良い事を伝える事が出来たからでしょう。
そう、なんだかんだで色んな事を一流の人はやっているんです。
実際に僕も、そうなりたいと思っています。
教育というのは教え育むと書いて教育と読みます。
しかし、僕からすれば教える事なんて上から目線でおこがましいなと
思います。
師匠から言われた事なんですが教えるのではなく伝える事が大事なんだよ
という事を言われた事があります。
僕はたまに謙虚さを失ってしまう事がありますのでこの言葉は身に染みています。
それと僕は教育ではなく「共育」を肝に命じています。
共に育み成長していく事こそが育てる上でとても重要だと思っています。
自分にとって扱いが難しい人だったり伝わらない人だったりする人は
自分を大きく成長させてくれる師匠なんだと思います。
そう思えば自分の未熟さを反省する事が出来ます。
それは凄く楽だし心にゆとりが生まれます。
それに上から目線にならずに謙虚でいられるので僕はそうしています。
薄っぺらい僕の人生ですが経験した中で何かの役に立つのであれば
嬉しい事だなと思っています。
未来ある若者に光を照らせる人でありたいものです。
この記事が少しでも参考になったら幸いです。
ではこの辺で!近い内にお会いしましょう!
Let's grow tomorrow more than today!
しまもんでした!






