市役所に2005年4月に入職したとき、環境対策課に配属され、それから10年後に内閣府に出向するまで、仕事のことなどをメモし続けていたノート。
業務が立て込んでいるときは2ヶ月くらいで一冊が終わっていたり、比較的穏やかなときは一冊が終わるのに半年くらいかかっている時期もあったりで、10年で30冊くらいになっています。
ちなみに内閣府に出向してからは、専用のノートではなく手帳の記録欄と電子データ(ほぼメール)の併用です。
最近、入職してからのことを振り返るために、古いものから順に目を通しているのですが、当時は自分にとって重要だと思っていたことでも思っていた以上に忘れているものだな~と気付かされます。
いくらか感覚的な、印象論に過ぎない部分もありますが、入職後1~2年くらいは電話応対の記録や上司からの指示などが多く占めているのに対して、3年目以降は、自分で何かを考えて問題を整理したり、先々の進め方を思考しているような痕跡が見られるのが、とても面白いですね。
このときの進め方は、確かにこんな風にやっていたけれど、今思えばちょっと強引だったな~
外の人にこんな言いかたをして、ちょっと風呂敷を広げすぎていたな~、今思うと恥ずかしいな~
この人とはあれから連絡ををとっていなかったな~、こういう縁をしっかり繋いでおけばよかったな~
今の私から見ると、5年目くらいまでは全然ヒヨっこだったような記憶なのですが、ノートを読む限りではそうでもない一面が窺えます。
一方で、ノートを見返してみても、自分が当時できていたこと、自分なりに取り組んできた仕事の運び方などは、先輩たちから教わったという記憶も記録もほとんど無くて、一体どうやって身に付けたんだろう? という点が不思議。
最近、係長級昇任試験(1次)を受けたこともあって、自分ができることを後輩もできるようになることを支援しようと思ったときに、私にもうまく支援ができるかどうか、という不安を感じているのも事実。
教わっていない(教わったことを憶えていない)のに、指導・育成ってどれくらいできるものなんだろう?
こうしてノートを見返している本当の目的の内容はまだ見つけられませんが、こうして10年分の自分の仕事の記録を見返してみるのも、何だか年末っぽいし、色々と自分の仕事について考えるいい時間になっています。
