きっと正解の無い 働き方のあるべきカタチ | 公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

公務員 島田正樹 〜仕事と私事と志事と〜

仕事も家族・友人との私事も楽しみながら、魂を燃やして挑む“志事”で社会を変えていきたい! 地方公務員として働きながら、NPO活動、講演、執筆、ワークショップデザイナーなどに取り組む“公務員ポートフォリオワーカー”として活動しています。

春ですから、たくさんの人が、それぞれに環境の変化の中で苦戦しているかもしれません。

 

 

 

公務員に限らず、どんな職業でもそうだと思いますが、

 

こんな働き方ができれば幸せ

 

という唯一かつすべての人に共通の正解は無いのだと思います。

 

 

 

 

長時間労働を嫌だと思う人が大半だとしても、若いうちにハードな仕事にもチャレンジして成果を挙げる為に進んで残業を受け容れて成長する人だっているかもしれませんし、中には、残業代が生活の糧として家計を助けているケースもあるかもしれません。

 

 

裁量が大きいことで自分なりの創意工夫ができると思う人が大半だとしても、定型的な業務のルーティンをこなすことが好きな庶務のプロフェッショナルもいれば、ある程度の制約の中の方が成果を出せる営業マンもいるかもしれません。

 

 

 

ある人にとっての働き方のベストな形は、ある瞬間だけ固定すれば、その瞬間の正解はあるかもしれませんが、それも次の瞬間には変化している可能性があります。

 

例えば、家族の状況が変わったり、自分の仕事のステージが変わったり、それら全部をひっくるめて仕事に求めるものが変わることもあるかもしれません。そうしたら、当然、望ましい働き方も変化するはず。

 

 

ある一人の人をとっても、そうやって移ろう望ましい働き方のカタチは、当然ながら隣の人とも同じであるわけは無く、人の数だけ望ましい働き方ってあるような気がします。

 

 

 

だけど。

 

 

 

自分の(大したことの無い)経験や、周りで働く同じ市役所の人たち、そしてそれ以外にも距離的には離れていても様々なカタチでつながっている友人・知人の様子などから思うことがあります。

 

 

 

それは、

 

自分の働き方の支配権を、自分の手で握っているかどうか。

 

そして、それを能動的に支配しているかどうか。

 

 

 

 

メッチャ、ハードワークだったとしても、それを自分でコントロールしながら今必要な働き方として、能動的に捕りに行ってる人には不思議と悲壮感はありません。

 

それどころか、残業時間だけで言ったら結構ブラックな働き方に見えるのに、イキイキして見えることすらあります。

 

 

 

残業だけじゃなくて、上司との相性や、その職場で与えられた仕事との相性もそうかもしれません。

 

 

 

与えられたもの、与えられてしまった環境に対して、受身でいるのではなくて、喩え気に入らないものだったとしても、自分の手で握りに行くこと。

 

 

 

私も仕事がうまくいかないな~って思ったり、どうしてこんな仕事やら無きゃいけないんだろうって思うときでも、

 

この部分は新しい学びとして吸収しよう、とか、この仕事全体としてはうまくいかなくてもこの部分だけは成果として足跡を残してやる

 

って思いながら仕事をしていると、決してうまくいかない仕事でも、正直気持ちが乗らない仕事でも、腐らず、一所懸命に挑める気がします。

 

 

 

 

民間と役所でそれほど大きな差があるとは思いませんが、市役所の場合は異動するたびに仕事が大きく変わりがちなので、その都度、自分に与えられた仕事や上司、働き方と向き合い、自分自身をすり合わせる必要があります。

 

 

そういうときに、異動させた人事当局や、新しい職場の上司・同僚・前任者などを恨み始めたらキリがありません。

 

 

 

口に出したくなる恨み言をグッと飲み込んで、

 

そんなに私を成長させたいのならしょうがない、イッチョやってやろうじゃないの

 

と憎い上司の背中につぶやいて、自分にできること、自分が得意な部分から一つひとつ、自分の手で能動的に“自分の仕事にしていく”っていうことなのかな~って思います。

 

 

 

もとより正解の無い“働き方のあるべきカタチ”なら、たった一つ、自分の手で能動的に支配することだけでもこだわってみるというのは、如何でしょうか。