以前、
大学で講義をさせていただいた後に
学生さんからのご質問で、
勉強などのために
時間をうまく作るにはどうしたらいいですか?
というものがありました。
私は、その学生さんに、
自分が日ごろ、何に時間を使っているか
そのことをまず把握してみるといいですよ。
168時間のうち、
自分がやりたいと思っていることに何時間使い、
意図せぬことに何時間を使っているのかを、
一度、ちゃんと調べてみませんか。
とお答えしました。
168時間。
何の時間だと思いますか?
ちょっと考えれば分かりますよね。
24時間 × 7日間 = 168時間
つまり、1週間の時間数です。
この168時間を
自分の意図に反してむしり取られるのか
自分で主体的に使い道をコントロールするのか
これって結構、大きな差だと思いませんか?
外部の要求に応えなくちゃいけなくて
時間をむしり取られる毎日は、
常に忙しくしている割に
自分がやりたいことは出来ていない
なんてことになりがち。
私のケースで言うと、
仕事で資料や議会答弁を作っていて、
課長→部長→局長・・・・・・
と、職位が上がるたびに修正を指示され、
一向にゴールが見えなかったり、
面会と会議のアポイントばかり入って、
自分の仕事がちっとも捗らなくて、
仕方なく残業しなくちゃならなかったり
そういうときに
時間をむしり取られている感覚を覚えます。
一方、
自分で時間の使い方をコントロールできてるな
って感じられるのは、
仕事もそれ以外でも必要な作業時間をブロックして、
打ち合わせや飲み会を入れないようにしたり、
日中のタスク管理が上手くいって、
定時で職場を後にして
課外活動の打ち合わせに参加できたりしたとき。
私自身も、別に他の人よりも
時間を上手に主体的に使えているわけではありませんが、
上手くいったときと、上手くいかなかったときとで
どんなところが違うのかは、自分でも分かります。
(分かってるのに再現できないところが、ヌルいんですが・笑)
上手くいったときは、
予め必要な時間をブロックして“天引き”しているとき。
そうすると、何かを頼まれたり
急な用事ではないメールが飛び込んできたときに、
何となく引き受けたり反応することが無くなります。
こういう、
“よくよく考えてみると今すぐじゃなくていい用事”に
無意識に反応し始めると、次第に
“実は私がやらなくてもいい用事”にまで手を出して、
時間をむしり取られることになってしまいます。
そういう意味では、逆説的ですが、スキマ時間に
“私がやるべき用事”
“すぐにやるべき用事”を瞬時に見極めて、
パパッと片付けるのも重要なテクニックですね。
(結構、難易度高い気がしますが)
あと、時間を天引きしていると防げるのが、
SNSやゲームを無意識に触ってしまう習慣。
私もツイツイFacebookのタイムラインを
ダラダラと読んでしまうのですが、
この時間を予め“○○をやる時間”と決めておけば、
ダラダラSNSも防げる可能性・大です。
やることが決まっていない時間というのは、
最もむしり取られやすい時間なので、
そういう時間が多い場合は要注意かもしれません。
やることが無い時間がどれくらいあるか、
まず最初に自分で把握することも有効です。
そのために簡単に出来ることといえば、
時間家計簿をつけること。
お金を何にどれくらい使ったかを記録するように、
時間を何にどれくらい使ったかを記録するのが
時間家計簿。
とは言っても、
1分単位でもれなく記録することよりも、
全体での時間消費行動の傾向が見えれば十分なので、
30分単位で1週間くらいつければ十分。
記録する項目も、
仕事と睡眠といった大口に加え、
移動(通勤)、食事、運動、趣味、課外活動など
ザックリでOK。
これを1週間くらい、毎日つけてみると
色々なことが見えてきます。
ちなみに毎日つけるといっても、
細かく何かするたびに記録する必要は無くて、
お昼に午前中のことを思い出して記録し、
寝る前に午後のことを思い出して記録する感じ。
ここで見えてくるのは、
何に時間を使っているか、ということと、
何に使っていたかよく分からない時間が
どれくらいあるのかということ。
私の場合、
何に使っていたかよく分からない時間というのは、
SNSやテレビをダラダラと見ている時間が
その正体であることが多いです。
ここをうまく使うことが出来れば、
たとえむしり取られてしまう時間があったとしても、
自分でコントロールする時間も作ることができます。
こんなことを書くと、
ボーっとしたり、
何も目的を決めない時間も重要で、
24時間、使い道を決めた時間ばかりって、
本当に豊かな生き方なの?
なんて言われることがありますが、
自分で主体的に時間の使い方を決めることは、
一切ボーっとしないとか、
一切無目的の時間を設けないことではなくて、
必要ならボーっとする時間も“主体的に”作ればいいし、
ダラダラする時間も“主体的に”作ればいいということ。
ボーっとすることも、ダラダラすることも大切な時間。
だけど、168時間の中で、
例えば
50時間を仕事に使って、
50時間を睡眠に充てて、
15時間を通勤に使って、
20時間を食事に使って、
5時間を家の雑事に使って、
残った28時間を、
自分の手で主体的にデザインするのか、
他者に使い方を決められてしまうのか、
どちらにするかを
自分自身で決められるはずなので、
そのことを忘れないでいたいなって思います。