(上司)アレ、大丈夫?そろそろでしょ?
(部下)それなら〇〇課に依頼してあります。
(上司)そう、期限までに刈り取っておいてね。
《期限翌日》
(上司)アレ、〇〇課はどんな内容で提出してきた?
(部下)すいません。〇〇課からは出せないって……
(上司)え!?ちゃんと依頼したんでしょ!?
(部下)はい。ですが、ギリギリのタイミングで「出せない」と……
やっぱり、依頼の受領確認とか、先方の課内での検討状況の
確認とかが甘いから依頼した担当者が悪いのかな??
って、もしかして考えませんでしたか??
それとも、
ちゃんと依頼されたら対応すべきでしょう。
対応しないなんてケシカラン??
って思ったでしょうか?
どちらも正論。
でも、何が正しいか、とか、常識に適うかって
実はあまり物事を解決するチカラを持っていない気がしませんか?
作業のタマがどちらにあるか。責任は誰にあるのか。
そんなことを言っても、やってくれない人は最後までやってくれません。
最後にモノを言うのは、
それが為されることで誰に利益があり、
為されないことで誰がピンチになるのか。
もしもそれが自分なら、
もちろんできないのを誰かのせいにして、
誰かを声高に罵ったっていいんだけれど、
結局最後に踏ん張らなきゃいけないのは自分。
それが他人事ではなく、自分ごとってことじゃないですか?
まちづくりとか地方創生も一緒。
国の無策を、市役所の怠惰をいくら罵ってもいいんです。
でも、いくら罵っても1ミクロンも地域はよくならないのでは?
地域を何とかしなければならない、というのが
他人事ではなく自分ごとなら、やるのは役所じゃなくて自分。
逆に、それでも役所がやるべきで、自分たちがやることじゃない
というのは、
その怠惰を罵った役所に自分の運命を預けることと同義。
それでホントにいいのかな?
組織や人事も同じ。
管理部門や企画部門の無能をいくら罵っても、
1ミクロンも組織はよくならないのでは?
組織を何とかしなければならない、というのが
他人事ではなく自分ごとなら、やるのは管理部門じゃなくて自分。
逆に、それでも管理部門がやるべきで、自分たちがやることじゃない
というのは、
その無能を罵った管理部門に自分の運命を預けることと同義。
それでホントにいいのかな?
もちろん、何が何でも自分ごととして動けばいいわけではなくて、
今は動くべき時ではない、雌伏の時である
という判断もあり得ると思いますけどね!
皆さんは如何お考えですか?
