おはようございます。
今日のブログは、山形に向かうJR仙山線の中で書いています。
昨日、妻の実家の仙台に到着し、2日目の朝です。久しぶりに会った妻も娘たちも、涼しい仙台で元気に過ごしていたみたいで何よりです。
さて、昨日は埼玉から仙台に向かう途中で、事故による火災のため東北道が一部通行止めになっていて、思わぬ回り道も経験しましたが、何とか19時頃に仙台に到着することができました。
実は昨日は、まっすぐ仙台に来たわけではなく、1ヶ所、立ち寄らせていただいたところがありました。
それは東松島市役所。
目的は陣中見舞い。
と言いますのは、さいたま市役所から、こちらの東松島市役所に派遣されている先輩たちがいるんです。
被災地には当時から人・モノ・金と様々な形で全国からの支援が集まっておりますが、被災地支援の一環として、今も全国の自治体からこちらの被災地の自治体への人の支援、つまりは職員の派遣が行われているんです。
そして、ここ東松島市役所にも、さいたま市などいくつかの自治体から職員が派遣され、日々地域の復興などに地元の職員の皆さんと一緒に取り組んでいます。
私が訪ねた先輩たちは、元々さいたま市役所で仕事であったり課外活動であったりでお世話になった方たち。
お一人は私が内閣府に行くのと同じタイミングで東松島に来ているので2年目、もう一人は1年目。
仕事はハードなようですが、お二人とも元気そうでホッとしました。
これは東松島の例ではありませんが、被災地支援で派遣された職員の中には、大変な心的ストレスを抱えるケースもあるようで、ストレスとの直接の因果関係は不明確ながらも「被災地の役に立てず・・・」と遺書を残して自殺してしまう職員もいました。
もちろん、今回訪ねた先輩たちに、そこまでの心配をしていたわけではありませんが、少しでも疲弊している様子なら、地元の人間が会いに来たというだけでも、喜んでいただければと立ち寄らせていただきました
・・・が、しかし
まぁ、特に派遣2年目を迎えた先輩はタフですし、もともとさいたま市での仕事でもバリバリと山積みのタスクも反対勢力(!?)もやっつけちゃうタイプですので、予想通りと申しましょうか、やはり東松島市役所でも大変頼られているようで、同じさいたま市役所の職員として誇らしく思いました。
あ、そもそも、私ごときが案ずるような 兄貴 じゃない
とお話をお聴きしている途中で思い出しました(笑)
被災地でのお仕事の話、今のさいたま市役所の話、そして戻ってから考えている仕事と、将来に向けてのまちづくりの話。
話は尽きず、いくらでも話したいことはありましたし、お聴きしたいことも山ほどありましたが、お忙しい中、あまりお仕事の邪魔をするわけにもいかないので、ほどほどで切り上げてきました。
たくさんの話をして、お互いの近況を存分に伝え合うのも大切ですが、私としては、顔を見せに行くということが何より大切で、少しでも話しが聴ければオマケが付いてきたみたいで嬉しいんですけどそれは必須ではなくて。
さいたまから永田町という近距離の出向でも心細いと思うこともあって(島田でもたまにはあるんです!)、地元の誰かがオフィスに顔を出してくれたときには、なかなか帰したくないくらい嬉しかったりします。
それを考えれば、単身赴任で遠く東松島市に来ている先輩たちに、毎年必ず2回は仙台に来ている私が顔を出すのが、お世話になっていることへの何よりの恩返しと励ましになるかなって思い、押しかけたまでですので。
でも、あれかな?勘違いかな?
心なしか、顔が綻んで、嬉しそうな表情に見えたのを見逃しませんでしたけどね!
ちなみに、先輩と同じ課に、埼玉県内からは東松山市役所から派遣されている職員の方もいて、ご挨拶させていただきました。
埼玉県人会@東松島。
埼玉でもお会いできるのを楽しみにしています!


