おはようございます。
昨夜は国会の関係でタクシー帰りでしたので、朝から長文でマジメな内容で恐縮ですが、ストックしてあったネタから記事を書かせていただきました。
さて、突然ですが、皆さんは上司からの評価をどのように自覚しておられますか?
昨夜は国会の関係でタクシー帰りでしたので、朝から長文でマジメな内容で恐縮ですが、ストックしてあったネタから記事を書かせていただきました。
さて、突然ですが、皆さんは上司からの評価をどのように自覚しておられますか?
私は一時、市長に期待していただけるプロジェクトを担当していました。今日はその頃のことを書きたいと思います。
そのプロジェクトに携わっている時の私は、最初のうちは上司に叱咤されながら鍛えていただき、徐々にですが、チームの中でも「頼りになる若手」というポジションを得るようになります。
その評価は私を大きく成長させてくれました。
期待されているのは肌でヒリヒリと感じるので、自分に知見があるかどうか関係なくプロジェクトに必要であれば法令でも技術的な知識でも勉強する毎日。プロジェクトには多くの民間企業が参加してくれていたので、各分野でのプロフェッショナルである彼らと調整するために、一般的な行政職員の知見だけでは足りないと感じる場面に多く遭遇しました。
そういった勉強やステークホルダーとの調整の甲斐もあり、かなり短期間で成果も出始め、プロジェクトはさいたま市が全国的にもアピール出来る施策へと育っていきました。
庁内でも、総合計画やマニフェストの実施計画でのポジションを得て、予算要求の場面では強気の要求が許されるような雰囲気がありました。
もちろん永田町に来た今なら、当時もっとこうできたのに、と思うことがないわけではありません。勉強の仕方もステークホルダーとの調整も、国からの支援の引き出し方も。
それでも、新聞やテレビの取材を受けることも多く、雑誌や書籍に寄稿させていただく機会もいただき、実際に市内で様々な形で目に見える実績が出てくることで、当時としては充実した毎日でした。
ただ、なまじ成果が出てきたことで、今度は成果を出し続けることが求められるようになります。
それ自体は「プロジェクト」というものが内包する根源的な性質であり、受け入れざるを得ないものなのかもしれませんが、私自身も自分と組織の関係において少しずつ違和感というか居心地の悪さを感じるようになっていきます。
ここまでも私の私見で書いていますが、ここからは更に輪をかけて、あくまで私が実感した「私目線」のままで書いていきます。
その頃から、私の提案などが、すぐに幹部まで上がっていくようになっていったのです。
書いた(描いた)私としては、少し時間をかけてチーム内で議論したいと思うような内容でも、ポンポンと決裁ラインの階段を駆け上がってしまう状況。
もちろん、私が多くの人から信頼していただけるようになったから、というポジティブな見方もできないわけではありませんが、もうちょっと丁寧に見てもらい、私の手元を離れたとき以上の出来にブラッシュアップしたいと思って手放しているのに・・・。
そして、「自分が書いて手放したら、市としての最終版になるかもしれない」という感覚で、様々な企画を立案したり資料を作成するようになりました。
ここでまた一つ、成長させてもらえたと思います。
この市役所全体でこの分野では自分が第一人者であり、最も説得力のある資料を作ったり、関係者と調整して事業を進められるのは自分であるという緊張感、多くのものを背負っているという感覚。それは願って任せてもらえる立場ではありませんから、今は感謝しています。(いや、当時も一応感謝はしていたと思います・笑)
でも、その緊張感から、後半は少し調子が狂っていたらしいというのは、後日妻から聞かされて初めて気付いたことでした。
自分の調子が狂っていたというのは自覚がありませんでしたが、やはり同じ仕事に長く携わりすぎて、多くの人に信頼していただけるようにはなったものの、そのためにチーム内がバランスを欠くというか、私自身の影響力が大きくなり過ぎ(言い換えれば組織が一兵卒に依存し過ぎ)な気もしましたし、チームの成長にも私自身の成長にも、そろそろ異動した方がいいだろう、ということで内閣府に出してもらうことにしました。
上司からの評価によって、多くの仕事や責任を与えられることもあれば、自分の能力に比して十分ではない仕事しか与えられないこともあります。そういう意味では、自分の成長という観点から、上司の評価というのは自分にとってリスクになります。
しかし、評価の裏返しで、組織が古株など知見を有する職員に「依存する」状態になってしまうと、それは自分ではなく組織にとってリスクになります。
ただ、なまじ成果が出てきたことで、今度は成果を出し続けることが求められるようになります。
それ自体は「プロジェクト」というものが内包する根源的な性質であり、受け入れざるを得ないものなのかもしれませんが、私自身も自分と組織の関係において少しずつ違和感というか居心地の悪さを感じるようになっていきます。
ここまでも私の私見で書いていますが、ここからは更に輪をかけて、あくまで私が実感した「私目線」のままで書いていきます。
その頃から、私の提案などが、すぐに幹部まで上がっていくようになっていったのです。
書いた(描いた)私としては、少し時間をかけてチーム内で議論したいと思うような内容でも、ポンポンと決裁ラインの階段を駆け上がってしまう状況。
もちろん、私が多くの人から信頼していただけるようになったから、というポジティブな見方もできないわけではありませんが、もうちょっと丁寧に見てもらい、私の手元を離れたとき以上の出来にブラッシュアップしたいと思って手放しているのに・・・。
そして、「自分が書いて手放したら、市としての最終版になるかもしれない」という感覚で、様々な企画を立案したり資料を作成するようになりました。
ここでまた一つ、成長させてもらえたと思います。
この市役所全体でこの分野では自分が第一人者であり、最も説得力のある資料を作ったり、関係者と調整して事業を進められるのは自分であるという緊張感、多くのものを背負っているという感覚。それは願って任せてもらえる立場ではありませんから、今は感謝しています。(いや、当時も一応感謝はしていたと思います・笑)
でも、その緊張感から、後半は少し調子が狂っていたらしいというのは、後日妻から聞かされて初めて気付いたことでした。
自分の調子が狂っていたというのは自覚がありませんでしたが、やはり同じ仕事に長く携わりすぎて、多くの人に信頼していただけるようにはなったものの、そのためにチーム内がバランスを欠くというか、私自身の影響力が大きくなり過ぎ(言い換えれば組織が一兵卒に依存し過ぎ)な気もしましたし、チームの成長にも私自身の成長にも、そろそろ異動した方がいいだろう、ということで内閣府に出してもらうことにしました。
上司からの評価によって、多くの仕事や責任を与えられることもあれば、自分の能力に比して十分ではない仕事しか与えられないこともあります。そういう意味では、自分の成長という観点から、上司の評価というのは自分にとってリスクになります。
しかし、評価の裏返しで、組織が古株など知見を有する職員に「依存する」状態になってしまうと、それは自分ではなく組織にとってリスクになります。
